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028 「囚人護送車」の中で行われたこと。 [技術の功労者]

028  ハードを売れば、ソフトが売れる


        「キネトスコープ」



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●時代背景 19世紀末はインフラ整備で膨大な鉄鋼の需要があった 1890年頃の様子


 1889(M22)年秋、エディスン研究所の技師ウィリアム・ディクスンは、「第4回パリ万国博」から帰還したトーマス・エディスンに、自分が開発した撮影兼映写が可能な「キネトグラフ」を見せました。エディスンはその成果を誉めましたが、あくまでも覗き見式にこだわりました。ディクスンは不本意でしたが、折角考えた「キネトグラフ」を元に、彼にとっては後戻りと思える覗き見式を考え出しました。その動画装置は「キネトスコープ」とネーミングされました。


●「キネトスコープ」は機械仕掛けの覗き見装置  
 「キネトスコープ」は、フィルムメーカーのジョージ・イーストマンの会社が開発した50フィートのセルロイド製ロールフィルムを使用するように設計されました。外観は縦長の木箱です。ちょうど大人が立って覗ける位置に、凸レンズの拡大鏡をはめた覗き窓が設定されています。
 これは当時はやりのピープ・ショー(覗き見ショー)の応用でした。この時代、ボードヴィル劇場などで人気があった出し物の一つがピープ・ショーですが、それが盛り場やイベント会場にもこの種の場所や装置が設置されて、人気を博していたのです。

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●中で演じられる曰くありそうな芸を、周囲の窓から覗き見るピープ・ショー。



  「キネトスコープ」のフィルムは木箱の中で、リールには巻かれずにエンドレスでつながれていて、箱の上下に設けられた多数のスプロケット(フィルムの穴に噛ませる、突起の付いた回転軸)を交互に通過するようになっています。このスプロケットは、ウィリアム
・ディクスンが35ミリフィルムの規格を考えたときに、パーフォレーション(フィルムの穴)の仕様と合わせて考案したものです。
  
 「キネトスコープ」の動力は蓄電器です。スイッチを入れると光源が点灯し、モーターがスプロケットを回転させてフィルムを送ります。通過するフィルムの1コマ1コマに回転シャッターが同期して断続的な光を与えることで、写真が動いて見えるのです。スピードは1秒46コマ。時間にして30秒足らずの〈動く写真〉の繰り返しです。このような仕様で1893(M26)年3月、「キネトスコープ」は誕生しました。


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●研究用「キネトスコープ」             ●商品版「キネトスコープ」1893

●映写式か覗き見式か、運命の分かれ道
 
ディクスンが映写もできる「キネトグラフ」を試作したことを承知しながら、エディスンが覗き見式にこだわった理由。それは、映写式動画装置では他の研究者たち・・・特にヨーロッパにおいて・・・すでに大きく差をつけられ、巻き返しが難しいこと。それは海外特許を得られる確率が低いということに通じるのですが、実業家としてのエディスンの見方を考えると、とにかく肝心なことは、ピープ・ショー方式の方がすぐにでも利益を生めそうだと判断したからではなかったでしょうか。

 実は、電気事業をしっかりと軌道に乗せたエディスンは、すでに新しい事業に取り掛かっていました。時代は重工業が花形でした。鉄道、橋梁などの巨大インフラや大型船舶、高層ビル建設などで、際限なく鉄材が求められていました。
 エディスンが没頭していたのは鉄鉱石から電磁的な方法で鉄を取り出す事業でした。彼はサウスカロライナにある鉱脈を買い、将来的には「エディソニア」と呼ぶ大工業地帯を形成するというビジョンの元に、精錬工場を稼働させていました。もし、その取り組みが成功すれば、〈動く写真〉よりもはるかに巨大な利潤を見込めることでしょう。そう考えるのは経営者として当然のことでした。

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●トーマス・エディスン        ●「キネトスコープ」の実際の開発者 ウィリアム・ディクスン

 かと言ってエディスンンが〈動く写真〉を軽視して、ディクスン任せにしていたという訳ではなさそうです。エディスンが考えていた将来的な〈動く写真〉とは、オペラ劇場の公演やボクシングを臨場感たっぷりに楽しめるもの、というからには、これは公開…つまり映写を視野に入れていたと見ることができそうです。

 それでもなお覗き見式にしたのは、「キネトスコープ」の動画にはガタつきがあり、回転シャッターの開角度が狭くて画面も暗く、拡大上映して鑑賞するに耐えられるようなものではなかったからでした。
  それに、彼が見聞きしてきたライバルたちの〈映写式動く写真〉の開発に遅れをとった今は、差別化の手法として覗き見式にこだわる必要があったのでした。
  
●エディスンの考えは、一家に1台の家電型娯楽機
 
「キネトスコープ」の開発にはすでに巨額の開発費がかかっていました。その早期回収を図るためにエディスンが考えたこと。それは、「キネトスコープ」の商品化、つまり、機械そのものを売ることでした。

 彼は先に自分が発明した「フォノグラフ」(蓄音機)が、当時のセレブ階層に大歓迎で受け入れられたことに自信を持っていました。それに彼は、近い将来「フォノグラフ」と「キネトグラフ」を結んで、音の出る写真動画を実現しようと考えていたのではないでしょうか。裕福な家庭のリビングルームで、居ながらにして劇場やリングサイドの興奮を音声といっしょに楽しめるもの。今でいうテレビのような構想だったのかもしれません。 


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●エディスンと「フォノグラフ」(蓄音機)1877(M10)

 ただし、いきなり家庭用に売り出しても、高価だし、果たして売れるものかどうか分かりません。今日のパソコンやプリンター、スマホなどの売り方に見られるように、ハード(キネトグラフ)の利益は薄く設定しても、ソフト(動画フィルム)でもうける、という手法も考えたかもしれません。 

 いずれにしてもハードを売るためにソフトは不可欠。ソフトとはこの場合、バラエティに富む35ミリの動画コンテンツをたくさん提供できる環境を用意することです。一つはそのための施設。もう一つは売り方と販売網です。エディスンはまずその施設として、ディクスンをリーダーに、早速、ウェスト・オレンジの研究所の中庭に撮影スタジオを建てる計画に取り掛かりました。

●世界初の撮影スタジオは「囚人護送車」?
  1894(M27)年2月、完成したスタジオの正式名称は「キネトスコーピック・シアター」でしたが、黒くて奇妙な外観が囚人護送車に似ていたところから、みんなからはそのあだ名と同じ「ブラック・マリア(ブラック・マライア)」と呼ばれました。

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●世界初、エディスンの動画撮影所「ブラック・マリア」1894  太陽の位置に合わせて回転できた

 「ブラック・マリア」の
外側はすべてタールで黒く塗られ、内部も真っ黒に塗られています。フロアの一方に人物が演技をする空間があり、対面には撮影のための電気仕掛けの「キネトグラフ」が…これは1メートル四方位の大きいものなので、床に固定されています。撮影時には屋根を開けると太陽光を採り入れることが出来ます。

 更にスタジオの床全体が車輪の付いたターンテーブルで、床下に作られた円形のレールの上に乗せてあるので、太陽の動きに合わせて向きを変えられるというものでした。世界初の映画撮影スタジオはこうして誕生しました。

 このスタジオからは、子供のジャグリング、ダンスをする女性、マッチョマンのポーズ、赤ん坊の入浴、猫のボクシング、ノミのハイジャンプなど、「キネトスコープ」用のいろいろなソフトが生み出されました。1本のフィルムは15秒程の長さの繰り返しで使うのですから、物語を考える必要はありません。ボードヴィルで人気のある役者の一発芸や、動きが面白いと思われるものは片っ端から「キネトスコープ」のソフトとしてフィルムに記録されていきました。


 ●「キネトスコープ」 34秒 無音

 ●キネトスコープのソフト 「くしゃみの記録」 8秒 無音 
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●「くしゃみの記録」1892


●他の開発者はみんな映写式の開発に取り組んでいた
 一方でエディスンは次の手を考えていました。「キネトグラフ」は世間に初めて登場するもので、しかも高額商品です。それを売ろうというのですから、まず多くの人にその登場を知らせ、楽しい機械だということを知ってもらう必要があります。そのための市場戦略をどう構築するか。PRをどう打ち出すか。このあたりにまで考えが及ぶところが、実業家としてのエディスンの腕の見せ所になってきます。

 ところで、エディスンが覗き見式にこだわって、ディクスンと「ブラック・マリア」で「キネトスコープ」用フィルムの制作に取り組んでいるとき、大西洋をはさんだ両岸で、他の研究者たちはみんな〈映写式動く写真〉を目標に開発を進めていました。  
 
同じアメリカではトーマス・アーマット、フランシス・ジェンキンズ、レイサム父子といった人たち。イギリスではバート・エイカーズ、ロバート・ポール。イタリアではフィロティオ・アルベリーニ。ドイツではマックス・スクラダノフスキー、ハーマン・カスラー。そしてフランスではリュミエール兄弟……。
〈映写式動く写真〉は欧米のあちこちでゴールを目前にラストスパートを迎えていたのです。 

                                 つづく



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