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026 人はついに時間のベルトを手に入れた [技術の功労者]

026  人はついに時間のベルトを手に入れた
        ジョージ・イーストマン


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●19世紀末の典型的な業務用(プロ用)スチルカメラ  20世紀前半まで大いに活用された。


  これまでは〈動く写真〉を、メカニズムの開発という面から展望してきました。それが写真技術の制約を受けていた訳ですが、乾板写真の登場で露光感度や現像処理が飛躍的に高まったとはいえ、相変わらず硬いガラス板や透明度の低いゼラチンや紙製フィルムの膜面にしか露光できないで行き詰っていた、というところまでお話しました。
  その切実な問題は、アメリカのジョージ・イーストマンがセルロイド製のロールフィルムを発明することによって解決されます。今回は硬質な感光ベースに代わって初めて登場する、「フィルム」と呼ばれる柔軟なメディア(媒体)についてお話ししましょう。 


●みんなが写真を楽しめるように

  今でこそ写真といえばデジタルの時代ですが、つい最近まで、あるいは現在でも、プロ業界やマニアの間でロールフィルムが使われていることはご存知のとおりです。ところが、1884(M17)年にジョージ・イーストマンが最初に生みだしたロールフィルムは、紙製だったのです。それでも紙製フィルムが開発されると、〈動く写真〉の開発者は、「待ってました」とばかりにこぞってそれを導入しました。

200px-GeorgeEastman2.jpg●ジョージ・イーストマン

  そもそもイーストマンは、銀行員だった青年時代から、当時の先端技術である写真に興味を持ち、専門家が持つような湿板写真用のカメラを持っていました。
湿板写真(コロジオン湿板)は撮影の直前に感光液をガラスに塗り、露出時間も長くかかり、露光後は薬液が乾かないうちに現像しなければならないという代物ですから、カメラ自体が大きな木箱で重い上、がっしりとした木製の三脚や現像用具一式を馬車に搭載して運ぶほどの大仕掛けなものでした。
  プロでさえ大変な写真撮影を、なんとかもっと簡単に出来ないものかと考えたことが、本格的に写真に取り組むきっかけでした。

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1885~1900年頃のカメラマン 撮影器具類の運搬に馬車が必要だった

●〈動く写真〉用に、まず紙製ロールフィルムを
  ゼラチン乳剤を使い、乾いた状態で感光できる新方式の乾板写真(臭化銀ゼラチン乾板)が、ベネットによって発明されたのは1878(M11)年のことでした。
  
イーストマンはその情報をつかむと、自分でも実験を繰り返した末、2年後の
1880(M13)年、乾板の改良に成功。同時にその乾板を大量に生産できる機械の特許も得ました。そこで早速プロ向けの写真乾板の販売を始めたのですが、イーストマンのやり方は正直そのもの。不良品があればすべて良品と交換するという良心的なもので、短期間に多くのプロから絶大な支持を受けるに至りました。

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●写真撮影風景 上/1884 マグネシウム光による室内撮影
            下/1888 自然光と補助光を利用した写真スタジオ


  この信頼を元に、彼は写真の楽しみをもっと広く、誰にでも味わってもらえるようにと考えたのですが、ネックはガラスの乾板でした。そこで彼はガラスに代わる素材を考えました。そして紙をベースにした感光紙に思い至ったという次第です。
  この紙製感光シートが、硬い・重い・割れ易い、というガラス乾板で行き詰まっている〈動く写真〉の開発者たちの最後の突破口になりそうだと読んだイーストマンは、
1885(M18)年に、ある程度の長さで巻いて使える紙製感光シートを商品化します。すると予想通り、すぐに発明家たちから反響がありました。結果、この紙製ロールフィルムが、〈動く写真〉の研究を加速させることになったことは、前回にお話した通りです。

グリーン5.JPG P1050562.JPG 
●イーストマンの紙製フィルムを使ったフリーズ・グリーンとル・プランスの動画フィルム
★関連記事 グリーン  http://moviechronicle.blog.so-net.ne.jp/archive/20150330 
        ル・プランス 
http://moviechronicle.blog.so-net.ne.jp/archive/20150402


  
ただ、スチル写真なら紙ベースでもいいのですが、〈動く写真〉には機構上、透明度と丈夫さが不可欠であることを知っていたイーストマンは、紙製ロールフィルムは当座の役割として、すぐに本格的なロールフィルムを作るため、その生地となるシートフィルムの開発に取り掛かりました。


●透明で丈夫なロールフィルムの誕生
  
彼が着目したのはセルロイドでした。セルロイドは1869(M2)年にアメリカのハイアット兄弟がこの名称で登録したもので、合成樹脂のはしりとされていますが、成型加工が簡単なので象牙の代用品やメガネフレームなどの装飾品、あるいは玩具などに利用されていました。
 
  
イーストマンが技師の協力を得て、セルロイドのフィルムベースの開発に成功したのは
1886(M19)年のことでした。初めて生み出されたのは長さ50フィートあまりのフィルムシートでした。
  彼はまずプロカメラ用に「巻き取り式フィルムホルダー」を考案しました。フィルムシートからプロカメラ用の幅に裁断されたフィルム
は、スプールに巻かれ、もう一方のスプールで巻き取るという仕組みで、これはのちの映画用リールに発展するものです。

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  次に彼は最初の念願だった、誰でも写真を楽しめるように、小型軽量で持ち運べるカメラを開発しました。これが
1888(M21)年に"あなたはシャッターを押すだけ。あとは我々に…("You press the button, we do the rest")
という名キャッチで売り出された小型カメラ「ザ・コダック」です。この世界初の小型カメラは一躍イーストマンの名を高め、1892(M25)年、「イーストマン・コダック社」の誕生につながっていきます。

  
1888年といえば、エミール・レイノウがゼラチンフィルムに手書きした「テアトル・オプティーク(光の劇場)」を公開し、フリーズ・グリーンが紙製フィルムによる「マシン・カメラ」に成功し、エチエンヌ・マレーが「フィルム式クロノフォトグラフ」を完成させ、エジソン社のウィリアム・ディクスンが「光学蓄音機」で行き詰っていた頃です。

1895.JPG ●ロールフィルム使用のハンディカメラの例 1895

  セルロイドは、紙や木から作るニトロセルロースに樟脳を混ぜた天然素材です。ニトロ(硝酸)はダイナマイトの原料でもあり、発火の危険性が高く、それから作られるフィルムは極めて燃えやすい可燃性フィルムでした。「イーストマン・コダック社」はその問題に取り組み、
1908(M41)年、難燃性フィルムを開発します。

  ちなみに1950年代以降は、ポリエチレンテレフタレートによる安全な不燃性フィルムが使われるようになります。
  また、ついでながらジョージ・イーストマンは、収益を自社株の配当に比例して社員に分配したり、自己の持ち株の三分の一を社員に譲渡するなどして社員を優遇。また大学や病院などへの多額の献金など慈善活動も顕著で、人道的な経営者、篤志家としても知られています。


●フィルムの幅は決まっておらず、受注生産だった
  ところで1880年代末における〈動く写真〉の開発では、発明家や研究者はそれぞれがてんでに独自の仕様で進めていたため、フィルムの統一規格はまだありませんでした。注文に応じて指示された幅のフィルムを作って納める受注生産です。細いものでは13ミリ、広いものでは70ミリなど、いろいろな幅のフィルムが生地から切り出され、感光剤が塗られ、巻かれて納品されました。

1880 ロチェスターオフィス イーストマン.jpg●ロチェスターのイーストマンの会社

  
イーストマンは日増しに増加するフィルムの受注に備えて、1889(M22)年5月、ニューヨークはオンタリオ湖南岸のロチェスターに新しいフィルム工場を建てることになりました。それは8月に完成し、工場のガラステーブルの上で、幅3.5フィート、長さ200フィートに及ぶ長尺のフィルムベースの生産が開始されたのでした。(200フィートは正味の長さ。撮影の始めと終わりの、陽にさらされて黒味となる分だけ
実際はもっと長い) 


  こうして
ジョージ・イーストマンが開発したセルロイド製フィルムは、こ
れ以上研究を進めることが不可能と思えるほどの強固な〈動く写真〉の壁を一挙に取り除いてくれました。けれども、その開発において不可欠で中心的な役割を担うためには、もうワンステップ経る必要がありました。
  つまり、幅広で200フィートというフィルムシートをどのように使ったらいいかと言う目安のようなもの…それがありませんでした。そして、その指標を与えてくれたのが、実はエディスンの指示による「光学蓄音機」の開発で行き詰っていた同研究所の技師、ウィリアム・ディクスンだったのです。
                                                  つづく 

ウィリアム・ディクスン.jpg 

●「光学蓄音機」開発に行き詰っていたエディスン研究所の技師、ウィリアム・ディクスン
★関連記事 
http://moviechronicle.blog.so-net.ne.jp/2009-08-04
                               



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