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018 ミラー・マジック、あやかしのイリュージョン。 [ステージ・イリュージョン]

018 ミラー・マジック、あやかしのイリュージョン。
          マジシャンの得意技だった合成トリック

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●ディズニーランド「ホーンテッド・マンション」                「Walt Disney World」 より
 亡霊たちの舞踏会シーン 


 前回までは、「映画誕生」の前提となる「写真の誕生と進化」について展望してきましたとはいえ、ようやく登場した写真もまだガラスに写す時代でした。硬くて割れやすいガラスの写真をどう扱えばいいのか。多難な状況の中で、絵や写真を動かす工夫がヨーロッパとアメリカで競われていた訳ですが、それについては次回以降に譲るとして、今回は少し視点を変えて、映画発祥時に大きな影響を与えることになる「トリック」について触れておくことにしましょう。

●光のマジックは映画と相性がいい
 
 映画の醍醐味。それは何かと訪ねたら、その一つにトリックが挙げられるのではないでしょうか。映画は光と影によるイリュージョン。ですから、映像を操って超現実的な世界を創り出してみせるトリックは、もっとも映画的な表現といえるでしょう。
 
映画の歴史を辿ってみますと、まずそれは芸術である前に娯楽でした。見世物として誕生し、世間にもそのように受け止められていた、そこから始まったのでした。それは、本来動かないはずの絵や写真が動くというきわどさ、まがまがしさによるものだったからかも知れません。

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●ロバートソンの「ファンタスマゴリー」1797 記事No.008参照



 この、光を用いたいかにもうさんくさい出し物、それが前にお話したジェームス・ロバートソンに端を発する「ファンタスマゴリア」ですが、19世紀半ばになると幻灯機で絵を操るだけのトリックから、次第に生身の人間が演じるようになりました。それは、それぞれの奇術師によって「生けるファンタスマゴリア」とか勝手に呼ばれていましたが、要するにマジシャンによるマジックショーです。

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●稀代のイリュージョニスト、ハリー・フーディーニ  ●ジョルジュ・メリエス  
 横顔が初代・引田天功に似ていなくもない

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「ムーラン・ルージュ」の中庭



 ステージ・イリュージョンがいちばん盛んだったのはパリです。当時パリでは、マジシャンはそれぞれが自分の劇場を持って公演を行っていました。その立役者が「近代マジックの父」と謳われたロベール・ウーダンをはじめ、ジョン・アンダーソン、アンリ・ロバン、ハリー・フーディーニといった大物たちです。

 また、後にロベール・ウーダン劇場を引き継ぐことになるジョルジュ・メリエスもマジシャンとして活躍していました。このジョルジュ・メリエスこそ、ストーリーのある映画を初めて制作した人物として映画史に残るキーパースンですが、そのお話は少し先のことになります。

 とにかくパリというところはカジノ・ド・パリとかムーラン・ルージュとか、もともと享楽的なショーが育つ土壌があったのでしょう。劇場の照明はガスランプとは比べものにならない、明るいライムライト(石灰光)に代わっていましたので、広い会場でたくさんの観客の前で演じることができました。また明るい光源は大規模なトリックを可能にしていました。


●大仕掛けだからこそ見破れないトリック


 一方ロンドンでも、マジックショーはパリと張り合う形で人気がありました。そこではどんなショーが演じられていたのでしょうか。
 アメリカ国会図書館に残されている英国王立工芸研究所で演じられた「聖アントニウスの誘惑」の図解をみてみましょう。ステージで演じられているのは、聖アントニウスと亡霊の戦いです。両者は生身の人間が演じています。


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●「聖アントニウスの誘惑」1880年頃 写真はまだ一般的ではなく、大抵はこのような銅版画。

 ステージの前、お芝居でいう「かぶりつき」はオーケストラボックスになっています。映画が誕生したばかりの頃、スクリーンの前でこんな形で場面に合わせて生演奏が行われていたのは、この流れを汲んでいるのだということが分かります。
 激しい戦いをイメージする演奏に合わせて襲い掛かる亡霊。果敢に剣を振るう聖アントニウス。幾度となくアントニウスが剣を繰り出しても亡霊の身体を貫くことはできません。切っても切れない腐れ縁、という訳です。危うし聖アントニウス。


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 さて、問題は舞台裏、いや、舞台上下の仕掛けです。ステージの上、そこには観客に見えないように背景を暗くし、反射が出ないようにライティングの角度が工夫された大きな透明なガラス板が一定の傾きを持って設定されています。これが実はハーフミラーの役目を果たして、ステージ下に隠れた亡霊役の演技をステージの上に映し出している訳です。亡霊役には投影機によって、ステージ上のガラスに反射させるに十分な明るさの照明が当てられているという訳です。 

 それにしてもこの時代に、このような大きくて平らなガラス板を生産できる技術があったということも驚くべきこと出と思います。



●誰もが自分の未来を見たがった
 ロンドンの王立工芸研究所のステージでは、観客を参加させて喜ばせるプログラムも組まれていたようです。下の図はやはりガラスを使ったトリック。ミラー・マジックです。
 
 司会者が観客席から一人の客を名指します。ステージには棺おけが立ててあり、客に入るように勧めます。こわい、と嫌がるとアトラクションになりませんので、「逃げたらあカン!」と無理やり棺おけに押し込まれてしまいます。

 ドロドロと鳴り響くドラム。次の瞬間、会場の明かりが消え、轟く悲鳴。ぱっと会場が明るくなると、なんと先ほどの観客は骸骨に変わっているではありませんか。満場、拍手喝采です。もちろんそのままにしておくのはかわいそうなので、ちゃんと元の姿に戻してあげれば、またまた拍手です。
 

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●英国王立工芸研究所のステージ・アトラクション「ペパーの幽霊」 1880年頃

 種明かしは、初期設定で棺おけと骸骨が合成されるようにガラスの反射位置を設定しておき、骸骨への照明を消しておきます。そして客が棺おけに入ったら、客に向けていた照明を消すと同時に骸骨への照明をつければいい訳です。実際は「言うは易し、行なうは難し」で、リハーサルを念入りにする必要があったと思いますが・・・。

 
現在、合成を使わない映画は皆無といっていいでしょう。その源泉は、映画が誕生する以前に、すでにこのような手法で試みられていたのでした。他愛がないといったらそれまでですが、こうしたアイディアと果敢なトライアルの蓄積が、間近かに控えた映画の誕生を見たとたん、いっせいに花開くことになるのです。

●光による合成マジックは、今もあなたの身近に
 
この、ガラス板を使った合成トリックは、現在もハーフミラーという洗練された形で受け継がれていて、博覧会とか大規模な展示イベントの会場などで見受けることがあります。また、大型テレビモニターの装置に仕組んで、テレビ画面で見るようにしたものもあります。

 けれども同種のトリックなら、大きくて迫力があって、いつでも見られるところがありますね。そう、ディズニーランドの「ホーンテッド・マンション」です。最後のあなたが早く来るのを待っている、あの999人の亡霊たち。それが20世紀を彩った現代のマジックショーという訳なのです。


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●ディズニーランド「ホーンテッド・マンション」「Walt Disney World」より



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