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050 20世紀初の「月世界旅行」。 [黎明期の映画]

050 映画がはじめて「シーン」を備えた。

ジョルジュ・メリエス「月世界旅行」

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 パリのロベール・ウーダン劇場とモントルイユの撮影スタジオを拠点に、数々のアイディアにあふれた短編映画を製作・上映していたジョルジュ・メリエスですが、彼が1902年に発表した映画はそれまでになく長いものでした。それはストーリーを持った映画だったからです。

●ムービーカメラを持てば、振り回したくなる

1900年パリ万国博」でジョルジュ・メリエスは、パビリオン展開こそしませんでしたが、彼のスター・フィルム社のカメラマンたちは16本もの万博ニュース映画を撮影しました。その中には会場の動く歩道やセーヌ川を移動する船の上からのいわゆる移動撮影によるパノラマの他、イエナ橋やトロカデロでは360度のパノラマ撮影を行うなど、それまでに無かった斬新な撮影を行っています。

こうした撮り方は当時としては型破りでした。が、実はこうした技法こそ映画特有の表現テクニックである訳ですが、当時のメリエスはそれに気づきません。それはたまたま、カメラを船に搭載したから風景の移動が撮影されたに過ぎず、意図的にカメラを移動させて得られる画面効果を考えたものではなかったからでした。ちょうど初めてビデオカメラを持った人たちが無意識にカメラを左右にパンしてみたり、ズームを操作してみるのに似ています。
 誕生して5年以上経ったにもかかわらず、映画撮影はいまだにカメラを三脚に固定したまま、150フィート約1分の長さのフィルムが終わるまで、ひとつの情景を撮り続ける撮影手法が続けられていたのです。

●物語映画が認識させた、シーンの概念

さて、メリエスの映画は、1901年にはヴェノスアイレスのカジノなどでも上映されていたといいますから、南米にまでも彼の名声が知れ渡っていたことが伺えますが、そうしたネームバリューを背景に彼が考えたのは、映画で物語を演じてみよう、ということでした。もちろん主役は彼自身です。

メリエスは本来舞台のマジシャンですから、この構想は彼がマジックの舞台に映画を採り入れた時から抱いていたものだったと思います。それまでにも彼の作品はわずか1分の長さでもストーリーを持つものだったのですが、それらはすべて小手調べのようなものだったのかも知れません。

本格的な物語映画の素材として彼が選んだのは、何と、今で言うSF(サイエンス・フィクション)。1865年に発表されたジュール・ヴェルヌの「地球から月へ」と、この年1895年に発表されたばかりのHG・ウェルズの「月世界最初の人間たち」にヒントを得たものでした。
  現実には実現不可能な科学技術の夢物語を映画で実現して上げようという構想は、いかにもトリックで世界の観客をアッと言わせてきたメリエスらしい構想です。タイトルもセンセーショナルな「月世界旅行」と決めました。

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●ジュール・ベルヌ「地球から月へ」の挿絵 1865

長い物語はたいていの場合、ひとつの場面では完結しません。登場人物の動きはいろいろな場所におよび、朝・昼・夜の時間の流れが必要になるかもしれません。これらを表現するとなれば、これまでの1シーン1カットの撮影で済ませられる訳は無く、状況の変化、時間の経過に応じて場面を転換する必要が出てきます。当時はシーンという概念はまだありませんが、必要に応じて初めてその認識が生まれたのです。


●旧態依然。舞台をそのまま映画に

メリエスはこの物語のためにたくさんの舞台装置を設計しました。1ぱいのセットだけで済んでいたこれまでの作り方とは大違いです。モントルイユのスター・フィルム社は上を下への大騒ぎでした。

主なセットだけでも、科学者会議の議場、ロケット打上げ場、月面、地下洞窟、月人の宮殿など。特に月面では、到達した科学者たちが望む月の出ならぬ<地球の出>の様子は、パノラマのように立体的な奥行きを持たせた書割を操作するなどの凝りようです。

一方、疲れて眠る科学者たちの頭上に現れる女神たちや降りしきる雪など、得意の合成トリックもふんだんに使われています。

 こうして280m16分もの長編映画「月世界旅行」が出来上がりました。当時の映画は長くて60mの時代ですから、かなりの長編です。「公開当時は不評だったが急激に人気が出てきた」というメリエスの回想は、サクセスストーリーによくあるエピソードです。


この映画を見てみると、シーンの数は確かに増えましたが、相変わらず1シーン1カット。カメラをすえたままのフィックス撮影で舞台の様子をそのまま撮影、というやり方はまったく変わっていません。すべてがフル・ショット(全景)。
  けれどもこの作品で注目したいことは、カットの長さに違いが出てきたことです。例えばファーストシーンが他のカットに比べて2倍以上あります。反対に短いカットもあります。ということは、1カットは必要な長さだけ、ということが自然に行われているということです。これはそれまでの「
1シーン11分」の撮り方から脱却したことを意味します。

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●一番長いカット(左)と短いカット(右)

 人物の動きが左右だけの平面的な移動というのは相変わらずの舞台劇風。月面から地底に下りるところだけ、手前から奥への人の移動がありますが、これも舞台劇の範囲内です。

 また、カメラは一人の観客として、常に舞台全体を捉えていなければならないという認識があるため、カメラが俳優の動きに連れて移動したり、俳優の動作や表情などを大きく映して見せることなど、考えも及ばなかったのでした。つまりここではトリックは別として、映画特有の表現法はまだ生まれていないことが分かります。

 それにしても、シーンが連なってひとつの物語を紡ぐという認識は、映画製作上、大きな発見だったのです。


●「月世界旅行」はどんな構成か

物語の前提はしっかりとしたコンストラクション(構成)です。メリエスはストーリーの流れと役者の動きや撮影のアイディアをしっかりと紙に書き留めて、カメラマンや役者に配りました。また「月世界旅行」では初めて、今で言う構成台本のようなシナリオが用意されました。もちろん監督、主役はジョルジュ・メリエスです。スター・フィルム社は何から何までジョルジュ・メリエスでもっているのです。

 ストーリーとは全体の流れを一言で伝えられるもので、制作に携わるスタッフみんなが共通のイメージを持つために必要な物語の柱をいいます。
 「月世界旅行」のストーリーは、さしずめ「科学者たちが月世界旅行の計画を立て、最新のロケットで月に到達したところ、先住の月人に捕らえられるが、彼らを退散させて一行は無事帰還する」といったところでしょうか。
 このストーリーを元に、シーンが分けられ、背景がデザインされ、登場人物の演技が決められ、カメラが回る・・・
ということになります。


●オール手彩色の完全版「月世界旅行」、発見される

  なお「月世界旅行」は、2012年9月にスペインで、当時メリエスのスター・フィルム社の彩色アトリエで女工さんによって手彩色された完全版のフィルムが発見され、大きな話題を呼びました。傷だらけのフィルムは現代のデジタル技術によって、これも昔のままの一コマずつ気の遠くなるような手作業によって修復され、完全に当時のままによみがえりました。
  下にYOUtubeの完全版復元フィルムを添付させていただきました。なお、音声は付いておりませんが、公開当時はピアノなどによる即興の音楽演奏が付いたり、画面の解説者が説明を付けたりして上映されたものと思われます。

◎天文学者の会議 月世界探検チームが結成される。
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◎砲弾型宇宙船の建造
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◎煙を上げる工場の遠景 画面では表現されないが、
   中では大砲が鋳造されている。

◎出発 探検チームが砲弾型宇宙船に乗り込む。

宇宙船が大砲に装てんされる。

大勢に見送られて発射。
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◎宇宙空間 月が接近し、月の顔面に宇宙船が命中。
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◎月面 砲弾型宇宙船が到着し、降り立つ一行。月から見た「地球の出」
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◎月面 眠りにつく一行。夢に現れる故郷の妻子の顔が月の女神たちに変る。
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◎月面 吹雪の月面を行く一行。奥の穴から地底へ。

◎地底 巨大きのこの洞窟で月人の兵隊の襲撃に遭う一行。
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◎月の宮殿の内部
    
縛られて王の元に連れてこられる一行。
    
隊長が月の王に飛び掛り、倒して逃げ出す一行。追う兵隊。
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◎月面 兵隊に追われる一行。
  
砲弾型宇宙船を見つけて乗り込む。隊長一人外に。
      追いつく月の兵隊
  
隊長が宇宙船を地上に向けると、宇宙船は落下。
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◎海上 落下してきた宇宙船、海底に沈む。


◎港に帰還する宇宙船
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◎帰朝 祝賀会と凱旋行進。勲章の授与。記念像の除幕式。

 お祭り騒ぎ、捕虜として連れ帰った月人が見世物にさらされている。
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※最後の「帰朝シーン」「お祭り騒ぎ」は冗漫になりすぎると考えられたか、カットされているバージョンもあります。

P1050418.JPG●ジョルジュ・メリエス




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