054 映画らしくなってきた「大列車強盗」① [黎明期の映画]
054 娯楽映画からスタートしたアメリカ映画。
エドウィン・S・ポーター「大列車強盗」-1
●正面から撃たれて無事だなんて、映画ってなんてスリリングなんだ!
1902年に「あるアメリカ消防夫の生活」を発表したエディスン社の映画製作部長エドウィン・スタントン・ポーターは、翌1903年に発表した「大列車強盗」でその人気を不動のものにしました。この映画は、映画史上初の西部劇として映画ファンに記憶されています。
●エドウィン・S・ポーター
●劇的要素も、ダイナミックにスケール・アップ
アメリカ人なら誰もが大好きな西部劇。19世紀後半のサーカスやヴォードヴィルでは欠かせない演目でした。
また10セントで買える「ダイム・ノヴェル」や「ウェスタン・ノヴェル(西部小説)」に登場する数々のキャラクター・・・凶悪犯ビリー・ザ・キッドと彼を捕えた保安官パット・ギャレットも、西部きってのガンファイター"ワイルド"ビル・ヒコックと男装の麗人カラミティ(災難)・ジェーンも、ワイアット・アープもジェシー・ジェームズも"バット"マスターソンも、「ワイルド・ウェスト・ショー」の"バッファロー"ビル・コディの活躍も、20世紀初頭のアメリカでは10年か20年前の、ついこの間のこと。まだまだ記憶に鮮やかな出来事でした。
●左から ビリー・ザ・キッド、パット・ギャレット、カラミティ・ジェーン
もっと言えば、ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドで知られた最後の強盗団「ワイルド・バンチ」はまだ現役だったし、エディスン社の西部劇映画で1914年にデビューして一躍売れっ子スターとなる俳優ウィリアム・S・ハートは、保安官ワイアット・アープと友だちだったという時代なのです。(ちなみに、ビリー・ザ・キッドを追跡して射殺したパット・ギャレットが暗殺されたのは1908年でした)
●後に、初の西部劇スターと呼ばれるウィリアム・S・ハート
いわば昨日のことのような西部劇の世界を、当時のニューメディアである映画で撮ってみようと考えたポーターは、前年の「あるアメリカ消防夫の生活」の経験を生かして、更にスリル満点の劇映画を作り上げました。
ただこの作品は、「あるアメリカ消防夫の生活」と比べて表現手法はそれほど進んではいません。どちらも室内はスタジオのセットで。他は野外ロケ。撮影の仕方も基本的に1シーン1カット撮影です。ただ、この映画の方が、野外ロケがスケールアップしていることで、より映画的な迫力を持つ作品になっています。
このフィルムも映画史上有名な作品ですから、YOU-Tube の動画を添付させていただきました。
●これまで通りの約束を守って、相変わらず1シーン1カットで
以下に14シーンを列記してみますが、長くなるのでファースト・シーンだけ詳細に採録してみましょう。
執務している当直の係員(通信士)。
ピストルを持った二人の悪漢が押し入り、通信士を縛り上げて出ていく。
最小限に表記するとこれだけですが、この1カットの中には以下の動きが含まれています。
・執務している当直の係員
・下手のドアが開き、二人の悪漢が入って来てホールド・アップ。
拳銃を向けられたまま、係員、壁の紐を引く。(機関車入構OKのサインか)
窓の外に機関車入構。係員は手続きの書類を作成。
「おかしな真似するんじゃねえぞ」と書類を確かめたあと、物陰に身を隠す悪漢二人。
・下手の窓から機関士の腕が出て、係員から書類を受け取って消える。
これだけのアクションを1カットで見せているため、話の流れは分かっても、どんな人相の強盗なのか、係員が書いた書類はどういうものなのか、といったディテールは分かりません。
この映画の14カットすべてに言えることですが、1カットと言っても実は1シーン(場面)であり、その内容はこのように豊富なのです。現在の編集なら、上記の・印のようにカットが分けられることでしょう。
以下、シーン順に概略を列記します。
機関車が止まり、給水塔の陰に隠れていた一味4人、機関車に乗り込む。
3.郵便車両(全景)
悪漢二人、係員を射殺し、現金袋を担いで去る。
悪漢二人、助手と格闘。助手は敵わず地上に放られる。(止め写し)
やがて列車は止まり、強盗にせかされて機関士が機関車を降りる。
機関車から降りた機関士、客車との間の連結器を外して機関車へ戻る。
悪漢二人続いて乗り込み、機関車だけ動き出す。
列車脇に並べられた乗客から次々と金品を奪う悪漢たち。(このカットが長い)
乗客の一人が逃亡を図り、悪漢に撃たれて線路上に倒れ伏す。
離れて停まっている機関車に収奪物の袋を担いだ悪漢の仲間が追いつき、乗り込むと、走り出す機関車。
機関車が停まり、現金袋をしょった悪漢一味、下手の沢へ駆け下りる。(カメラ左にパン)
9.小川のほとり(全景)
手前に小川。悪漢一味、正面から降りてくると、小川伝いに下手に移動。
つながれている馬に飛び乗り、逃走。
10. 給水所脇の通信室(全景)
気が付いた通信士。口を使って事件を知らせる信号を打つが、再び倒れる。
下手ドアより少女登場。通信士のロープを解き、水を掛けると
気が付いて起き上がる通信士。
11.保安官の溜まり場(ホール全景)
ダンスに興じる保安官たち。
(観客サービスのためかずいぶん長い。ここでウェスタンを1曲聞かせたか?)
そこに急を知らせるホールの通信士。
ダンスをやめて出動する保安官たち。
12.林の中の道(全景)
銃撃しながら追撃する馬上の保安官たち。
途中、悪漢のしんがりに追いつき、倒しながら更に前進。
13.別の林の中(全景)
現金袋を開けて分け前の算段をしている悪漢たちの向こうに姿を現す保安官たち。
猛烈な銃撃戦始まる。次々と倒れる悪漢たち。
現金を回収する保安官たち。
14.悪漢の首領?(上半身)…おまけのサービスカット
なんと、真正面から観客に向けて銃弾を発射する。
最後のカットはストーリーとは関係の無いもので、フィルムを配給するカタログには、映画館で上映の際、「映画の頭につけても終わりにつけてもどうぞご自由に」とあったそうです。
初めてこのカットを見た観客はびっくり仰天。ところが実際には無害であることが分かると、ピストルで撃たれるスリルを味わいたくて、リピーターとして何度も映画館へ押しかけたということです。
このあたり、どんな危険なことでも安全が保障されて疑似体験できる映画の特性を良く物語っているエピソードだと思いませんか。
ただ、私には、このカットはそれだけではないものが感じられました。私たちは日頃映画を観る時は安全無害を前提として、どんな危険な状況が起きても椅子に座って楽しんでいます。それは「観客」という立場にあるからです。「観客」とは「客体」であり、「主体」ではありません。
だから安全なのですが、ところがこの画面の悪漢は、こともあろうにスクリーンの向こうからその「客体」に向かって発砲したのです。ポーターはおそらく茶目っ気を出して思いつきでやったことだと思うのですが、それがどういう意味を持つことなのか。それについてお話しするのは、このブログの最終回あたりになると思います。
YOU-Tube の動画をご覧になった方は、ダンスを踊る婦人の黄色いスカートや、金庫の爆破と銃撃戦の炎が赤く着色されたパート・カラーであったことが楽しかったのではないでしょうか。
手作業による着色は手がかかるため特別の場所での上映に限られ、他のプリントはモノクロのまま上映されたようです。
なお、この音楽はあとで付けたものですが、当時欧米ではピアノかオルガンを主体に、バイオリン、ドラム、場合によってはタンバリンを添えるなどの即興演奏付きで上映されたものと思われます。
また、下図のように効果音(Sound Efects / 略してSE)を付けて上映することもありました。