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053 「アメリカ消防夫の生活」をダメ出しする。 [黎明期の映画]

053 映画には、文章とちがう言葉が必要だ。


「あるアメリカ消防夫の生活」-2


映画で語るための手法の模索

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●突然ですが、上はウォルト・ディズニーの初期の短編「ミッキーの消防夫」1930 消防車の出動シーン
 下/スチームエンジンを搭載した蒸気車。1876
 「あるアメリカ消防夫の生活」を見ると、まだこの種の車が活躍していたらしい。
 消防車の場合は蒸気圧を利用して放水するものと思われる。
 


前回、YOU-Tube の動画によって、1902年末に製作されたエドウィン・ポーターのセミ・ドキュメンタリー映画「あるアメリカ消防夫の生活」をご覧いただき、作品についての感想を少し述べておきましたが、映画が独自の表現手法(映画言語)を見出していく初期の作品として、この映画について少し細かく述べてみようと思います。


くどいようですが、比較対照のためにYOU-Tubeの動画を再掲載しておきます。




●参考のために再度掲載します。


●小説と映画では、物語の紡ぎ方が違う


 この映画が作られたのは、物語性を帯びた映画がまだまだ未熟な段階であったことで、当然ながら作劇上の問題が目に付きます。まず、この作品に主人公は居るのかという、そんな初歩的なことから考えなければなりません。

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●ファースト・シーン
 円内に写った壁紙とベッドに注目


ドキュメンタリーで通すなら主人公は不要とも思われますが、最初の消防夫の画面には、上手(画面に向かって右手)の円の中にベッドルームの母と子が描かれます。こういった見せ方はドキュメンタリーには無い手法ですから、観客は円の中の場面と消防夫との関係に意味を見出そうとします。多くの観客はそれを消防夫の妻子と見るでしょう。そこからこの映画はドラマなのだと言う認識が生まれます。とすれば、この消防夫がこの映画の主人公かも知れないと、思うでしょう。


でもこの映画ではそれは最後まではっきりしませんし、最後になってさえはっきりしません。このようにこの映画は、最初の主人公と思われる人物がどこへ行ったか分からないまま、ドラマが進行していくのです。


●主人公をどう描き分けるか


 さて、物語が進み、消防隊が火災現場に駆けつけたあと、親子の救出シーンになると、煙に巻かれている部屋の壁紙の模様やベッドの形が、どうやら初めのカットで空想された部屋…つまり、その消防士の自宅のようなのです。

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●救助を求める女性も、救出する消防夫も、顔が映っていないために誰か不明。



とすれば、彼は自宅の火災、妻子の危機という悲劇に見舞われているということになります。その割には、最初に通報を受けた宿直室の彼は、立ち上がって何か一声叫んだあと数歩歩くだけでそれほど急を要している様子はありませんでした。


では彼が主人公だと思ったのはまちがいだったのでしょうか。それは、映画の画面のどこにも主人公の驚きや親子救助の活躍が描かれていないからなのですが、そんなはずはありません。


いや、実は描かれているのです。まず火災現場に急行する消防馬車に乗っているはずです。火災現場では人一倍消火活動に精を出し、親子の救出を果たしたのは彼かもしれません。いや、主人公が彼なら、二人を救出する役は当然彼の役回りです。

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●上/フル・ショット(全景)だけでは誰が活躍しているのか不明。
 下/女性と少女を救出する消防夫は背中しか写っていないから、誰かは不明。


その大事な彼の活躍がどこにも見当たらないのはなぜか。それは火災現場で活躍する同じ格好をした消防夫たちの中に埋没してしまっているために、観客は主人公を特定できないのです。それはこの映画の消防士のようにヘルメットをかぶっていたり、制服姿の場合は特に要注意で、それが不明確では映画で物語を紡ぐ上では致命的です。書物による物語なら特定の人物を中心に据えて描いていくわけですが、この作品はその方法をまだ見つけていないということが分かります。
 この映画は見終わったあとで、「火災現場で親子を救出したのは、どうやら夫の消防夫だったといいたいようだ。それでなければ物語のケリが付かないものね」と観客が自分で納得して帰るという結末です。


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●ラスト・シーン/娘の無事を喜ぶ女性の脇に立っている消防夫が誰かは不明。


●実験に臨んだポーターの苦悩


主人公が消防士で、たまたま自宅で火事が起き、駆けつけて家族を救う、というのはあまりにも出来すぎたご都合主義の三流ドラマです。この映画から別の物語を考えてみましたが、他に思い浮かびません。だとすれば彼は任務上当然のことをしたまでで、妻子が無事でよかったという喜びはあるにしても、観客を感動させるほどのドラマにはなりえません。


そのあたり、サイレントで台詞のない映画ですから分かりやすさを第一に考え、どこか知らない家の火災より妻子の災難という設定の方が観客が感情移入しやすいという計算だったのでしょう。こういう話なら、観客はコミックで読んだりヴォードビルで観たりして、似たような物語を知っているから、サイレントでも十分伝わったかもしれません。それにしても、ロング・ショット(全景・遠景)だけで撮られた救出シーンを見て、どれだけの観客が、危機に遭遇している親子を救ったのが夫だったということを理解できたでしょうか。


つまりこの映画は、物語や人物を描くという前に、とにかくスリリングなものを作ってみたいという作者の願望から生まれたものだと考えます。「スリリング」…これこそ映画の醍醐味となる部分ですが、この映画を企画したポーターはそこに気付いていたということこそが重要なのです。その実験をポーターはこの映画で試みたのだと思います。


そしてこの映画を作りながらポーターは、映画には小説のような文章表現がまったく当てはまらないことを知ったはずです。それは、映画には映画ならではの独自の語り口、表現法が必要なのだという認識への大きな転換になったと思います。


●ポーターがほんとうに表現したかったこと


ポーターがもし現在の編集技法を知っていたら、肝心の火災現場における救出シーン


はもっと緊迫感を帯びたものになったことでしょう。そのために欠かせない技法がクロース・アップやカットを細かく割る編集上のテクニックなのだということが、現在の私たちには分かります。

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●こういったクロース・アップがもっと活用されていたら・・・


例えば、消防馬車の出動場面に緊迫した主人公のアップを入れれば、妻子の救出に向かおうとしている彼の義務感を超えた決意のようなものが伝わると思います。


また、消火・救出活動を行っている状況が、彼のアップぐるみの細かいカット割りで編集されていたら、親子救出ではそれこそ拍手喝采。ラストは消防士ぐるみで3人が抱き合えば、涙ウルウルものだったでしょう。


●新しい映画技法が二つ


作品としての質はともかく、この映画には2つの新しい映像表現が使われています。ひとつは例の回想場面。ピクチャー・イン・ピクチャー(P in P)と呼ばれる手法ですが、これは別の場所で進行している出来事との同時進行として使われました。この手法はその後、空想画面の表現にも応用されるようになります。画面の中にもう一つの画面が現れると、観客は「これは彼が空想しているんだ」「彼女は今、昔を回想しているのね」というようにすぐに理解できるようになりました。これが映像で語ることば、つまり「映画言語」と呼ばれるものです。


もうひとつはフェードです。ポーターは「次の場面との間には時間の経過があるのですよ」という意味を持たせてフェード・アウト(溶暗、F.O)で処理しました。この映画ではほとんどのカットがご丁寧にフェード・アウトで処理されています。


この手法はまもなく、芝居の一幕と同じ意味合いで、フェード・イン(溶明、F.I)で始まりフェード・アウト(溶暗)で終わる一場面(シーン)を示す「映画言語」として定着していきます。


このように、人間関係の見せ方やドラマチックな盛り上げ方は現在の編集テクニックから見れば稚拙なところもある訳ですが、100年以上も昔、1920年代にプドフキンやエイゼンシュテインによるモンタージュ理論が唱えられる前に、これだけの認識と編集技術が生まれていたことに驚ろかされるのです。


●これは困った!
 
この記事を書き終わったあとで、重要なことに気付きました。
 最初の回想に描かれている部屋と、火災現場の部屋のベッドの配置や壁紙の柄が似ていたので、同じ部屋の出来事だと思っていたのですが、よくみると、回想の部屋には無い額が後半のシーンでは飾ってあり、サイドテーブルの上にあったスタントが無くなっています。また、カーテンの色もちがいます。すると別の部屋の状況と言うことになります。その場合には上記の私の話は成り立たなくなります。でも、女性がかけていた揺り椅子はあるのです。困りました。ポーターの想定は、愛する妻子の危機を決死の活躍で救助するヒーローの物語ではなかったのでしょうか。それとも、あるいはそこまで正確に考慮せずに、別の日にでも撮影したのでしょうか。(そうでありますように)
 これは間違い探しではありませんので、記事はこのままにしておこうと思います



★次回はエドウィン・ポーターがこの翌年に作ったおなじみの作品「大列車強盗」をご覧いただきます。




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