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019 大金持ちは、やることも桁外れ。 [写真を動かす試み]

019 こんな賭けなら、世の役に立つ。

       エドワード・J・マイブリッジ (米)

1882-2.JPG
●マイブリッジが撮影した、駆ける馬の連続写真 1880頃

  19世紀後半。旧式な湿板写真から今日の乾板写真方式へと転換しつつあった写真技術のはざまで、絵や写真を動かそうと考えている人たちがいた一方で、逆に動物や人間の動きを止めて分析しようとした科学者たちがおりました。正反対のアプローチです。結果的にこの人たちも写真を動かすことに大きく寄与することになるのですが、今回はその一人、エドワード・マイブリッジに登場していただきましょう。


●19世紀における〈空の時代〉。

19世紀後半という時代に、陽気で破天荒な時代の空気を感じるのは私だけでしょうか。機械工業の発達とともに資本主義が円熟し、鉄鋼、金融、通信、出版事業などで成功した豊かな人たちは着飾って享楽をむさぼるようになりました。

 鉄道が延び、汽船の航路が広がると、次に求められたロマンは空の上でした。飛行機の登場はまだ先ですが、空へのアプローチはフランスが一歩先を進んでいました。
 作家で写真家でもあったフェリックス・ナダールは、1960年に、小型に改造された湿版写真機を携えて、パリ市街を気球の上から決死の撮影を行っています。また、1872年にはジュール・ヴェルヌが「八十日間世界一周」を著して人気を博しました。アルベールとガストンのティサンディエ兄弟は、1883年には電動推進器付きの気球を開発します。

P1050377-2.JPG  1883 ティサンディエの推進式気球 2.JPG
●ナダールのパリ空撮 1860 ●ティサンディエ兄弟の推進器付き気球 1883


 「八十日間世界一周」は1956年にシネマスコープで映画化されました。熱気球で世界を80日間で回れるか。新聞界を牛耳る大富豪が新聞の売り上げを伸ばすために酔狂で思いついたこの賭け事に、富豪たちはこぞって参加するのですが、現実に、似たようなお遊びが行われていたことは否めません。

P1110329.JPG80日.jpg
●70ミリ映画「八十日間世界一周」(1956)のメインタイトル


●アメリカの大金持ちは、やることも桁外れ?

 そこで、本筋の話に戻りますが、1870年代、写真がまだ「湿版写真」時代のお話です。「乾板写真」の発明は1871年ですが、当然すぐに実用できる訳ではなく、1870年代はまだ「湿版写真」が主力を占めていました。

 カリフォルニア州知事を務めたこともあり、セントラル・パシフィック鉄道を所有する鉄道王であり、のちにスタンフォード大学の創設者となる大富豪リーランド・スタンフォードは、俊足の誉れも高い名馬オクシデント号の馬主でもありました。

リーランド・スタンフォード b-2.JPGリーランド・スタンフォード

 その彼が、1872(M5)年のある日、友人に問いかけました。「馬が疾走する時には4本足のすべてが宙に浮く瞬間があるはずだ。それは違うというなら君に25,000ドル支払おう」。友人は「地を離れることはない」に賭けました。名馬を囲い、厩舎を持つことが名士のステータスだった
時代。お金持ち同士ではこんな身近なことが大きな賭け事のテーマになるようてす。

 そこで、サンフランシスコの南、パロ・アルトにあるスタンフォード所有の家畜農場で実際に馬を走らせて友人と観察してみたのですが、肉眼ではなかなか識別できません。
 「写真なら、瞬間を停めて観察できるぞ」ということで、内部の鉄道技師たちに研究させますが、彼らは機械技師なので「湿版写真」の処理の仕方を知りません。そこで白羽の矢が立ったのは、当時西海岸で名をなしていた写真家、エドワード・マイブリッジでした。

●「湿版写真」の限界に苦慮したマイブリッジ。

科学者であり写真家でもあったエドワード・マイブリッジは当時、1867年にアメリカがロシアから購入したアラスカ州を探訪し、帰国後に発表した雑誌記事や写真展が話題を呼び、一躍時の人になっていたのでした。

マイブリッジ.JPG●エドワード・マイブリッジ

 マイブリッジはスタンフォードの農場に出向き、早速馬の疾走写真の撮影準備に取りかかります。その彼の前に立ちふさがったのは、ガラスに塗られたコロジオン液が乾かないうちに撮影・現像を済ませなくてはならないという「湿版写真」の壁でした。カメラには駆ける馬の脚を静止画として写し取るシャッターもついていません。そのうちに幸運にも、何十枚も撮影した中から、たまたま4本足が宙に浮いている写真が見つかりました。

 ところが、その写真が公開されると、「ねつ造ではないか」「ピンボケのインチキ写真だ」と当時のマスコミから突っ込まれてしまいました。また、絵画アカデミーの画家たちからは、「駆けている馬の姿はこんなに見苦しくはない」などと横槍が入ったりしました。画家が想い描く美の基準と現実の馬の姿が合わなかったからです。彼はそうした疑惑や反論を取り払わなければならなくなりました。

 そこで苦心の末、マイブリッジが考えたこと。それは、1台のカメラではなく複数のカメラで撮影する方法でした。馬が駆けるコースに添ってカメラを設置し、馬の走りに合わせて順番に撮影すれば、走る様子が連続写真として得られるはず。ではどのようにして…というところで、その方法が実行に移されるのは、なんと6年も後のことになるのです。


アメリカの大金持ちは、太っ腹。
 もちろん彼はその仕掛けを、夜となく昼となく一心不乱に考えていたのですが、それが仇になりました。実はここだけの話、マイブリッジと彼の妻はいわゆる父と娘のような〈歳の差婚〉。奥さんは寂しかったのでしょう。つい魔が差して、マイブリッジが留守の間に若い鉱山技師と密会を重ねてしまいます。雇いのメイドがその現場を写真に撮ってマイブリッジに見せたものですから、さあ、大変。収まらないのはマイブリッジ。すぐさまコキュのベッドに乗り込むと、轟く2発の銃声。1874年10月のことでした。

 マイブリッジは投獄されましたが、裁判では〈二人の密会の写真〉が動かぬ証拠となり、陪審員は騎士道精神を以ってマイブリッジの名誉を認めたためか
、彼は6カ月後に釈放されました。その裏に、知事であるリーランド・スタンフォードのフォローがあったとか無かったとか。

 スタンフォードは懸案になっている馬のギャロップの賭けを棚上げにして、マイブリッジにしばしの隠棲を進めます。マイブリッジはその間、撮影のやり方について熟考する時間はたっぷりできた訳です。その〈事業〉が再開されたのは、1878年になってからでした。


P1110332-2.JPG
●エドワード・マイブリッジの連続写真の一例

IMGP7711.JPGIMGP7712.JPG
●連続写真の検証には、当然「フリップブック(ぱらぱらアニメ)」の手法も使われたと思われる。


●高速な動きを見事に分解したマルチカメラ撮影

 1878(M11)年、マイブリッジはスタンフォードから無制限の信用貸しという底なしの資金援助を得て、この研究の実現に取り組みました。場所はおなじみのパロ・アルトの家畜農場です。

 マイブリッジは最初、馬の走りの連続撮影に12台のカメラを使うことを考え、実行しました。この頃にはカメラにはシャッターが備わり、100分の1秒の露光が可能になっていました。ただし、現像は「湿版写真方式」です。
 パロ・アルトの馬場には、長屋のような小屋が建てられました。小屋の内部は12のブースに仕切られ、それぞれのブースには馬の走りを捉えやすい低めの位置にカメラが設置され、傍らには現像液を張ったバットが置かれています。馬場のコースを横切って、カメラのシャッターと連動するように12本の細紐が張られています。馬がコースを走るとこの細紐が切れ、順に12台のカメラのシャッターが下りるという仕掛けです。

 「湿版写真」ですから、例によって撮影直前にコロジオン溶液をガラスに塗り、カメラにセットし、撮影後ただちに現像するために12人の助手が各ブースに配置され、マイブリッジのスタートの合図を待ちました。
 こうした緊張の中で撮影が行われましたが、うまく揃った状態で細紐が切れなかったり、途中で天気が曇ったりして、何度もやり直さなければなりませんでした。一番の問題はシャッタースピードが遅すぎるということでした。それもこれもすべて「湿版写真方式」の限界を意味するものでした。

muyb77.jpg1879頃

 そこでマイブリッジは1879(M12)年から1880年にかけて、いよいよ実用性を帯びてきた「乾板写真方式」を採用することにしました。力になったのはセントラル・パシフィック鉄道の技師ジョン・アイザックスでした。

 彼は1000分の1秒の高速シャッターを搭載したカメラを24台使い、等間隔に連続的に感光させることのできる極めて正確な音叉時計装置を用いて、電気的にシャッターを切る仕掛けを編み出しました。なお、その後の研究で、シャッタースピードは2000分の1秒にまで高められました。馬の走る様子をますます明瞭に撮影できるようになったわけです。

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●パロ・アルトの馬場で24台のカメラを並べて走る馬の姿を撮影 1880頃 


 こうしてマイブリッジは、ついにスタンフォードの賭けが正しかったことを証明することに成功しました。
結果的にリーランド・スタンフォードは、25,000ドルの賭けに40,000ドル以上費やしたことになるのですが、大富豪の彼にとってその差額はほんの懐マネーではなかったでしょうか。けれどもそれが〈動く写真〉の研究支援に役立ったことは確かです。

P1110338.JPG
●足が4本とも地上を離れた瞬間をとらえた写真


●動く写真は、まずマイブリッジによって投影された

 マイブリッジは、馬の走りの分析も静止画の連続写真で十分、というつもりだったのですが、それをきっかけに人間や生き物の動きを連続した静止画に分解し、その動態研究に力を注ぐようになりました。
 そのうち、科学雑誌「アニマル・ロコモーション」誌に2万点もの写真が掲載された彼の研究成果が広まると、アメリカ国内やフランスあたりから、分解写真の権威としていろいろお声が掛かるようになりました。

 彼は講演で、馬の走りの連続写真を動かして見せる必要に迫られました。静止画に分解した動作を、再び元に戻すわけです。馬の走りは連続運動です。その仕組みは簡単に考えられました。1880(M13)年。彼はエンドレスの繰り返しに適したあの円盤型の「フェナキストスコープ」と幻灯機を合体させ、上映可能な動画装置を作り上げました。その機械は「ゾーアプラクシスコープ(ズープラクシスコープ)」と名付けられました。

 彼はこれを持って、英国学士院、王立美術院をはじめヨーロッパ各国を回り講演を行いましたが、写真が動くということで大きな驚きをもって迎えられました。動画と静止画で馬が走る姿の詳細を見せられた画家たちが、疾駆する馬の姿を改めて美しいと認めたことは言うまでもありません。

 このようにマイブリッジの研究は、元々は「写真を動かす」ということではなく、それとは真逆の「動きを止める」ということが目的でした。そして同時期、同じような研究に取り組んでいた研究者がフランスにも存在しました。エチエンヌ・ジュール・マレーです。次回は彼に登場していただきましょう。

 

ズープ.JPG マイブリッジ ズープラクシスコープ用2.JPG
●ゾーアプラクシスコープ 1880

「フェナキストスコープ」関連記事

 http://moviechronicle.blog.so-net.ne.jp/2009-04-23

■「マトリックス」はマイブリッジの超高度な応用例
IMGP7706.JPGMatrix 00.jpg
●「マトリックス」1999

 1999年、コンピュータによる特殊撮影とCG合成で、これまで見たこともないような映像を現出させたウォシャウスキー兄弟の「マトリックス」。その有名な屋上での銃撃シーンは、120台ものCanon EOS2を使ってスチル撮影されたものを動画化したものでした。
 マイブリッジがカメラを直列に配置したのに対して、「マトリックス」では、主演俳優の周囲180度の円形に、しかも1台ずつ高さを変えながら120台のカメラが配置されました。これにより、俳優の周りを高度を変えながらカメラが1回転するという見事な効果を出しています。
 撮影はワイヤーアクションによる俳優の演技を緑パックで撮影し、背景の建物はCG合成です。120コマは時間にして5秒ですが、このカットは10秒ですから、1枚の写真を2コマずつ使って2倍のスローモーションになっています。マイブリッジの直線の発想が円に置き換えられ、現代のテクノロジーで高度に洗練された形でよみがえった例だと考えます。

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コメント 8

yhiga-siura

おはようございます!
ご訪問ありがとうございました。
コメントが入らなかったのですね。
ソネブロさん、どうしたのかな?
今は大丈夫なようです。
by yhiga-siura (2015-03-24 06:28) 

駅員3

動と静、正反対のアプローチが動画に繋がるというのは、面白いですね!
by 駅員3 (2015-03-24 12:56) 

sig

yhiga_siuraさん、こんにちは。
コメントが入らないのは他でも経験しています。何が原因なのでしょうね。
困りますね。
by sig (2015-03-24 17:36) 

sig

駅員3さん、こんにちは。
そうなんですよ。映画史関連の書物ではそのような記述はどこにもないのですが、私にはその点がとても興味深く感じられました。

by sig (2015-03-24 17:41) 

SORI

sigさん おはようございます。
映像の進歩はすさまじいです。その進歩の起源です。
by SORI (2015-03-25 08:14) 

sig

SORIさん、こんにちは。
そうですね。映画の歴史を見ていると、先に今日のような乾板写真が出来上がっていたら、映画開発者はこんな苦労をしなくてもよかったのに、と思います。そう考えると、お役所でも企業でもそうですが、横の通風を良くして、みんなが何をやっているかがよく分かるようにしてあれば、別の部署で同じようなことをやっいる無駄も無くなると思います。

by sig (2015-03-25 15:36) 

アヨアン・イゴカー

シャッター速度が速くなる必要も好く分かりますが、それ以上に感光剤に焼きつける作業がそのような短時間で出来ることが不思議です。昔の記念撮影は何分間もじっとしていなければならなかったという話がありますので、焼付けには物理的にかなり時間が掛かるのではないかという印象を持っていました。
デジタルカメラであれば光学的に読み取った情報をデジタルに置き換え再現すると言う理屈は分かるような気がするのですが。
by アヨアン・イゴカー (2015-03-29 11:47) 

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