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020 連発銃も平和利用にスピンオフ。 [写真を動かす試み]

020 みんな、鳥になりたかった。
    エチエンヌ・ジュール・マレー

1883 ティサンディエの推進式気球 2.JPG


1883 三輪車.JPG 1884蒸気自動車.JPG
●時代背景 
 上/ティサンディエ兄弟の推進装置付き気球 乗客を乗せて75分滞空 1878
 下左/社交用三人乗り自転車 1883     下右/蒸気自動車 1884

 前回は「写真を動かす」ことと反対に、「動きを写真によって止める」ことで動物や人間の動態を研究していたエドワード・マイブリッジについてお話しましたが。今回は同様の目的で、やはり映画の誕生に寄与したもう一人のフランス人生理学者、エチエンヌ・ジュール・マレーをご紹介したいと思います。この話は前回の続きになります。


●鳥はどのようにして空を飛ぶのか
 1881(M14)年。マイブリッジが自分で開発した「ゾーアプラクシスコープ」を携えて、アメリカやヨーロッパのあちこちの学会で、女性が駆け足をしている姿や体操選手の動き、そしてかの有名な馬の走りの動画を上映して絶賛を浴びていた頃、フランスではエチエンヌ・マレーが、カモメの飛び方を研究するための連続撮影装置について、試行錯誤を繰り返していました。飛ぶ鳥の羽根の動きを調べるのに、大きなカモメは絶好の対象だったのです。

1882-2.JPGマイブリッジ.JPG
●エドワード・マイブリッジと馬の走りの分解写真 1882

 当時フランスでは、「ラ・ナチュール」誌の編集長ガストン・ティサンディエがようやく推進装置付きの気球を実用化させたところでしたが、マレーが鳥の飛翔を研究している裏には、明らかに気球の先を見越して、別の手法で空を飛ぶ手がかりを掴もうとしていたのではないかと思われます。

 ちなみに飛行家のオットー・リリエンタールは、1889年に鳥の飛翔とグライダーの理論に関する本を著していますし、彼が手製のグライダーで初めて空を飛んだのは1891(M24)年のことでした。

 また、ダイムラーがガソリンエンジンの開発に着手したのが1883(M16) 年。ベンツが1気筒・3輪自動車の走行に成功したのは1885(M18)年といわれますから、この頃は空と陸の交通・運輸に対する開発が急展開を見せている時期です。マレーのカモメの研究はそれと無縁ではなかったと思われます。

IMGP7718.JPG●オットー・リリエンタールの飛行 1894

●カモメは狙って撮るしかない
 同年、マレーは巡回講演に来仏していたマイブリッジをティサンディエの仲介で自分の研究所に招き、取り掛かっているカモメの撮影に叶う方法についてのヒントを得ようとしました。彼も実は1869(M2)年に走る馬の連続写真記録装置を考案したこともあり、いい意味のライバルとして親近感を持っていたのでしょう。

 けれども、撮ろうとする対象は馬のように大きいものではないし、カメラを24台並べたところで撮れるものではありません。マイブリッジもやっては
みたのですが、一羽だけの姿をうまく捉えることができず、マレーに直接役立つヒントを与えることはできなかったようでした。

 カモメの早い動きを撮るには狙いを定める必要があります。そして動きを分解するには連続撮影できる仕掛けが必要です。それを1台のカメラでできないか、という発想から、マイブリッジは連発銃の機能をもつカメラを思いつきました。南北戦争の時に北軍大佐サミュエル・コルトが編み出した新兵器のリボルビングライフル。そのイメージがマレーの頭をかすめたのです。彼は1882(M15)年をそのための研究に充てることにし、「写真銃」はその年、一応の完成を見ました。

エティエンヌ・マレー.png●エチエンヌ・J・マレー

●1秒間に12コマ。カモメの飛翔をみごとに記録
 マレーの「写真銃」の直接のヒントは、1878(M11)年に天文学者のピエール・ジャンセンが金星の運行を観測した際に考案したリボルヴァー式写真機でした。大きさは天体望遠鏡そのもので、彼は三脚に据えたこのカメラで、70秒間ずつ露光を与えた24枚の連続写真を円盤に記録することに成功したのでした。

P1050540.JPG
●ジャンセンのリボルバー式写真機 1878

  マレーの写真銃も、回転式シャッターとそれに連動して回転する感光液を塗った円盤(コロジオン湿板)が、ちょうど連発銃を撃つように時計仕掛けで1コマずつ回転する機構がポイントなのですが、ジャンセンのアイディアも、元はといえば円盤に絵を並べて回転させ、動かして見るフランツ・ウヒャチウスの「ヘリオシネグラフ」(1850頃)を応用したものでした。このあたりに、一つのアイディアが次々と他の研究に波及していく姿を見ることができます。

マレーの写真銃.JPG IMGP6985-2.JPG
●写真銃の機構には「ヘリオシネグラフ」(右)の考え方が応用されている

 さて、「写真銃」の仕組みですが、銃身にはレンズが仕込まれていて、空を飛ぶカモメに照準を合わせます。後部にゼンマイ仕掛けの駆動装置を持つ露光室があります。露光室は円形のドラム状で、その中に回転式シャッターとそれに連動する回転盤が仕込まれていて、回転盤には最新の感光剤を塗った12枚の小さなゼラチンの板(臭化銀ゼラチン乾板)がはめられています。

P1110340b.JPG
P1110342-3.JPG  
●写真銃(上)とドラムの内部(下)1882   

 引金を引くと、歯車の働きでシャッターと回転盤が同期して1秒で1回転し、12枚の切手大の写真が連続的にガラスの感光板に記録されるという寸法です。回転シャッターは円盤に等間隔にスリット(細い隙間)を開けたもので、これがレンズの前を通過する瞬間に1/720秒の露光が行われる仕組みになっていました。

P1110344.JPG
●12枚の写真が撮影された回転盤  

 1882年4月。彼はこのカメラを初めて使い、カモメの飛翔の写真記録を成功させるのですが、青空を背景に飛ぶカモメの姿が真っ黒につぶれて写り、飛び方の分析には使えないものでした。
 そこでマレーはシャッターと回転盤の回転スピードを2
倍に増やしてみました。露出時間は半分の1/1440になりますので、今度は露出も適正となり、大成功をみたのでした。

●1秒12コマのスピード撮影されたカモメの飛翔


●多重露光はマレーの研究の役には立たなかった
 
けれどもマレーには新しい不満が沸いてきました。一つは写真が小さ過ぎること。もう一つは動きは分かるけれども、1コマずつの違いがつかめないということでした。彼の研究では、写真を動かすことよりも羽根の動きの変化をつかむことの方が重要なのでした。

 そこでマレーは翌1883(M16)年に、大き目の1枚のガラス乾板の上に連続写真を写し込むことを考えました。重ねて写す……つまり多重露光の出来るカメラを考えたわけです。乾板を固定しておいて、露出を与える回転シャッターはそのまま利用して撮影するのです。彼はこれを「クロノフォトグラフ」と名づけました。撮影対象は動物の他に人間の動きも加えていろいろテストしました。

マレー クロノフォトグラフ.jpg
●マレーのクロノフォトグラフィ 1枚の乾板上に連続写真を重ねて記録 1882

 
1枚の乾板上に何枚もの撮像を重ねるわけですから、対象によっては訳が分からなくなったりします。露出を少なめにしたり背景も黒バックにするなど、いろいろ工夫を凝らしましたが、彼が求める動態記録写真としては期待したほどの効果はありませんでした。
 ところがこの「クロノフォトグラフ」は、1本のレンズを使って(単一レンズ)撮影するという極めて基本的な構造を確立したことで、後の「動く写真」の研究家たちに大きな示唆を与えることになります。


●マレーの研究のその先は?
 
折しもこの前年、マレーは幸運にも、フランス政府とパリ市が設立した生理学研究所の所長に任命されます。「クロノフォトグラフ」は、潤沢な研究費を得て、7年後の1889(M22)年、別のある発明によって復活します。そればかりではなく、まったく新しい機構でよみがえった「クロノフォトグラフ」こそ、のちに映画カメラのプロトタイプと呼ばれるほどの仕組みと機能を持つものだったのです。

1882マレーの生理学研究所.JPG
●マレ
ーの生理学研究所 1882

 その新しい発明とは、この2年後、1884(M17)年に登場するセルロイドのロールフィルムなのですが、この映画前史はまだまだそこまで話を進めることはできません。なぜならこの当時、「湿版写真」の処理に苛まされ、ガラスの感光ベースの限界に泣き、「乾板写真」の導入を見ても、いまだ写真を動かす機構的な問題の解決に苦慮していた人たちがたくさん存在するからです。

 と言うわけで
、フィルムの発明については稿を改めてお話したいと思います。そしてマレーの新式の「クロノフォトグラフ」についても。

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路渡カッパ

読ませていただくと、驚くことが多いです。
馬だったりカモメだったり、きっかけって意外なものなんですね!
それにリボルバー式写真銃、これにもビックリです。まんま銃ですもんね。(^_^ゞ
by 路渡カッパ (2015-03-27 17:14) 

sig

路渡カッパさん、こんにちは。サクラ咲きましたか。
前回のマイブリッジも今回のマレーも、むしろ動物よりも人間の方をたくさん撮っていると思います。
このリボルバー式もこれ以前にジャンサンと言う人が金星の運航の撮影に用いたものがあり、それは天体望遠鏡くらいの大きさで、もちろん三脚が必要でした。コメントありがとうございます。
by sig (2015-03-27 17:56) 

般若坊

高速度撮影。こんな言葉はすっかり古くなり、今ではDVDで珍しくもないですが、私たちが学生の頃は、大変な仕掛けでした。
日立のモータードライブの高速カメラで毎分何千駒をフィルムで撮影したものです。従ってアッという間しか撮影できませんでした。
by 般若坊 (2015-03-28 18:08) 

sig

般若坊さん、こんばんは。
ここではまだまだ高速度撮影など思いもよらず、円盤上に1秒12コマの連続撮影がようやく成功したという段階です。それが添付の動画です。

高速度撮影はフィルムCMの撮影で使ったことがありますが、わずか2~3秒しか使わないのに、カメラの立ち上がりとスイッチを切ってからのフィルム消費量がものすごくてもったいなかったですね。スチル写真として使えば36枚撮りで100本分以上あるのでは。
by sig (2015-03-28 19:39) 

green_blue_sky

面白いものが多数ありますね。
実際に見てみたいものです。
まだ胃腸の調子がいま一つですが、飲み過ぎに気をつけて週末を過ごしました^_^;
by green_blue_sky (2015-03-29 22:13) 

sig

green_blue_skyさん、こんばんは。
日本では早稲田大学の演劇博物館あたりにレプリカなどがあるのではないかと思います。
桜はあと1週間ですから、ぜひ直してください。笑
by sig (2015-03-29 23:05) 

般若坊

sig さん こんばんは。おっしゃる通リ、高速になるまでと、停止までの無駄フィルムが膨大でしたね。使えるフィルムは、ほんの1~2秒くらいですが・・・  ^^
by 般若坊 (2015-03-30 22:57) 

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