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052 人の妻子か、自分の妻子か。 [黎明期の映画]

052 少し映画らしくなってきた「あるアメリカ消防夫の生活」
初歩的なモンタージュの試行
「あるアメリカ消防夫の生活」-1


フライヤーⅠ号.jpg
●時代背景 ライト兄弟、「フライヤーⅠ号」による初飛行の成功で、空の時代を拓く 1902
                 このような歴史的偉業の記録に、映画はすぐにその特性を発揮し出した。 

 (無音21秒)

 リュミエール兄弟による映画発明以降、欧米の映画関係各社は映写機と撮影機の機能向上を図る一方で、映画そのものの製作と配給に事業をシフトし始めていました。
 
20世紀のはじめ。映画といえばフランスのジョルジュ・メリエスでした。イギリスではブライトン派(前回記事)による社会派とも言うべきドキュメンタリータッチの映画づくりが探求されていましたが、今回はアメリカの様子を見てみることにしましょう。 

●エディスン社は版権、著作権対策もひと足早かった
  20世紀初頭におけるアメリカの映画業界では、エディスン社を筆頭に、エディスン社から移籍したウィリアム・ディクスンが経営に参画しているバイオグラフ社(正式名称はアメリカン・ミュートスコープ・アンド・バイオグラフ・カンパニー)、そして新興のバイタグラフ社の3社が作品づくりにしのぎを削っていました。 

  
エディスン社はハード面においては「特許」。ソフト面においては初めからコンテンツとしてのフィルムの「上映権」を重要視していました。ちなみにアメリカで映画の著作権に関する法律ができたのは1912年なのですが、写真の著作権は認められていました。

  そこでエディスン社では映画フィルムそのものが写真なのだという理屈で、1894年以降、自社製作の映画フィルムをそのまま紙焼き(密着)したもの……つまり内容が同一の紙のフィルムを提出して著作権登録を行うようにしていました。考えたものですね。

IMGP8261.JPG
●著作権登録のために作られたペーパー・フィルムをもとに、昔の映画の再現が可能となっている。
 ありな書房「魔術師と映画」より


 でも、このアイディアは100年後の私たちに恩恵をもたらしてくれました。セルロイドのフィルムならとっくに劣化や焼失で消滅したはずですが、紙フィルムはそのまま残ったのです。現在私たちは、米国国会図書館に保存されているその紙フィルムを1コマずつ映画フィルムで複写して復元された「ペーパー・プリント」によって、当時の貴重な映画を見ることができるのです。

   それはともかく、エディスン社でも、売れるオリジナル作品をたくさん市場に供給するために優秀なフィルム制作者を掻き集め、ヒット作を狙って製作に力を注ぐようになりました。映画はそれまでの機械技術からコンテンツ重視の時代へと転換したのです。
 そんなエディスン社の動きの中でめきめきと頭角を現してきたのが、今や映画製作・演出部長に昇進したエドウィン・スタントン・ポーターでした。 

エドウィン・S・ポーター.jpg●エドウィン・S・ポーター

●全6分の内容を採録すると……
 ポーターは1902年の末に「あるアメリカ消防夫の生活」という作品を作りました。この映画は1901年にジェームズ・ウィリアムスンが作った「火事だ!」というフィルムにインスパイアされたものですが、実際の消防夫が火災現場に急行するドキュメンタリーフィルムとスタジオで撮影した火災シーンを合体させ、更に劇的な迫力を生むように構成された意欲作です。

1901 火事だ! (2).JPG 1901 火事だ! (3).JPG
●ジェームズ・ウィリアムスン「火事だ!」 1902

 この作品は、消防署と火災現場という二つの場所で同時に起こっている出来事をどのように見せたらいいかという必要性から考えられた場面構成が、当時としてはきわめて画期的でした。つまり、映画言語として重要なごく初歩的なモンタージュが効果的に行われていることで知られている作品なのですが、YOU-Tubeの中にありましたので、ここに添付させていただくことにしました。

 最近の映画史の書籍などでは、単に「アメリカ消防夫の生活」と記載されるようになりました。が、そのタイトルだと一般的な消防夫の生活になってしまいます。この作品の原題はLife of an American Fireman。「一消防夫」ですから、特定の消防夫ということになります。
 従ってこのフィルムは、単に一般の消防夫の日常を描いたドキュメンタリーではなく、特定の消防夫を主人公とした劇映画として構想されたものではないでしょうか。

 ・・・であればこのフィルムでは、火災に遭うのは彼の最愛の妻子であり、その二人を救出するヒーローは彼でなくてはなりません。今ならご都合主義と笑われるでしょうが、当時の観客は純情です。そうあって初めてドラマしての危機感が劇的に拡がり、無事救出の感動が増すはずです。ポーターの製作意図はそこにあった、と私は思っているのですが・・・





 
以下は以前見られたYouTubeの動画をもとに私が採録シナリオ(構成台本)の形で書き出したものですが、画面は9シーン。撮影に当たっては、ポーターによっておそらくこのようなシナリオが書かれていたものと思われます。

1..消防署・宿直室 全景
    1.JPG

   当直の消防夫が椅子に掛け、留守を守る妻と娘を思い描いている。
  画面右上の円の中にその様子が合成で示されている。
  (別の場所との同時進行表示)
    円内/娘をベッドに寝かせてキスをする妻。
  空想イメージが消えると、消防夫、帽子をかぶって出て行く。

2.火災報知器のアップ
    シーケンスaa.jpg

   腕がフレーム・インし、ふたを開けレバーを引き下げると、
  ふたを閉める(火災発生の通報が行われた)。
FO

.  消防署・詰め所(ベッドルーム) 全景
  2.JPG
  
当直者が寝ている。
  警報が聞こえ、ベッドから一斉に跳ね起きる。
  大急ぎでズボンを履き、床の中央に開けられた穴からポールを伝
  って階下に降りる消防夫たち。


4.消防署前・正面
  3.JPG
  消防馬車が並んでいる。
  そこへポールから次々と降り立つ消防夫たち。
  待機していた消防馬車に飛び乗ると、走り出す馬車
3F.O

5.別の消防署前・全景
  4.JPG
  ただちに出発していく馬車2台。
  あとを追うように梯子馬車が画面直前を右に横切る。
F.O 

6.大通り
  シーケンスaaa.jpg   
 
    全速力で現場へ急行する消防馬車。画面右奥から左手前へ、
  その数なんと
9F.O

7.大通りから火災現場へ(外)
  5.JPG  
  やってくる消防馬車。
  
3台目の消防馬車の移動に合わせて、カメラ左にパンすると…
 6.JPG
  総動員でホースを用意している先着の消防夫たち。
F.O

8.火災現場(室内)
  7.JPG

  煙に包まれている女性。
  いったん窓辺に寄るが、そのままベッドに倒れ伏す。
  
   やがて一人の消防夫がドアを破って入ると、カーテンをむしりとり、
   ハンマーでガラス窓を打ち破る。
   消防夫は倒れている女性を抱き抱えると、窓の外のはしごに消える。
   
すぐに別の消防夫が窓から入り、ベッドの子供を抱き上げて運び出
   す。
   
次に上がってきた二人の消防夫が、ホースで火災を鎮火する。
                                       
F.O
.
火災現場(外)   
   1
階正面入り口から消防夫が飛び込んでいく。
   8.JPG
   2階の窓から救いを求めている女性の姿。   
   外の消防夫たちがはしごを掛けるが、女性の姿は室内に消える。
  10.JPG
   と、程なく窓辺に女性を担いだ先ほどの消防夫があらわれ、
   はしごを降りてくる。  
   地上に降ろされた女性は、「まだ二階に娘が居るのです」と訴える。
   先ほどの消防夫は再びはしごに取り付くと、少女を胸に抱えて降りて
   くる。
  12.JPG
  シーケンスdd.jpg  
   救出された少女は、駆け寄った女性(母)の胸にしっかりと抱かれる。F.O

●ポーターのねらいは成功したか
  この映画は冒頭で述べたように、異なる場所で起きている状況を同時に見せるカット・バック手法の先駆として語られる有名な作品です。

   ところが、上記の採録を呼んだだけでお分かりのように、火災現場に掛けつける消防馬車の緊迫感はともかく、火災現場の女性の救出劇がそれほどスリリングに描かれているとは思えません。

  それは上記の8シーンと9シーンに見られるように、一番の見せ場であるクライマックスの救出シーンが、例の1シーン1カットで撮られてしまっているからです。
 このシーンに、前回紹介したジェームズ・ウィリアムスンのクロース・アップがインサートされていたらどんなに効果的だったでしょうか。この作品で折角火災報知機のクロース・アップを使いながら、とても残念です。

 また、女性が救助を求める様子や親子救出の状況も未整理で、緊迫感を欠いています。
 こうした点から、折角映画的な「2箇所同時進行描写」に着目して知恵を絞りながら、必ずしも成功したとはいえなかったポーターの苦悩をうかがい知ることができるのです。
 

 
それでは、この映画のどこに、どのような問題があるのでしょうか。
                                        この項・つづく                                                                  


★F.O フェード・アウト
   画面が次第に暗くなる。暗転、溶暗。その反対がF.I  フェードイン、溶明。
★インサート
   一連の画面の流れの中に別のカットを挿入すること。
   普通は流れに関連するものをアップで入れたりするが、例えば記憶喪失者の記憶が次第によみがえるという場合、過去の映像をフラッシュで瞬間的に挿入したりする。


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cafelamama

「アメリカ消防夫の生活」面白く拝見しました。
危機の提示。ヒーローの登場。危機の終結。
クローズアップを使った演出はまだ試みられてはいないけど
映画に必要なエッセンスが、巧みに盛り込まれた作品だと思います。

by cafelamama (2015-06-02 04:28) 

sig

caferamamaさん、こんにちは。
プロのコメント、ありがとうございます。今回は作品紹介で終わりましたので、次回はこの作品について私見を述べたいと思います。
それにしても最近はYOUtubeでなんでも観られるので助かります。20年前は映画史に関係ありそうなTV放送をマークしておいて録画したものです。このブログにはそういう画像をかなり引用しています。
by sig (2015-06-02 10:45) 

響

ストーリーがあってドキドキする
要素が加わり映画らしくなってきましたね。
by (2015-06-02 20:46) 

路渡カッパ

「アメリカ消防夫の生活」、3頭立ての消防馬車とか、当時の様子をうかがい知れて面白いなと見てしまいました。(^_^ゞ
おっしゃる通り、映像的な演出はまだ未熟ですね。だからドキュメントフィルムのように見えたのでしょう。
スリリングでドラマティックにするには、まだまだ作り込む必要があるでしょうね。
by 路渡カッパ (2015-06-02 23:11) 

sig

響さん、こんばんは。
はい、ようやく50フィートのフィルム1本を1カットで撮りっぱなしという造り方にこだわることない、という考え方が生まれたんです。大転換なんです。ここまででブログ54回・・・あー、長かった。笑
by sig (2015-06-03 00:01) 

sig

路渡カッパさん、こんばんは。
蒸気機関利用の消防車は珍しいですよね。編集は、映画を観慣れている私たちから見ればほんとに未熟。けれども前例がないところで、苦労して考えてよくこれだけのものを撮ったと思いますよね。文字通りのパイオニアですね。
by sig (2015-06-03 00:33) 

YUTAじい

おはようございます。
何時も励ましありがとうございます・・・途中で投げ出せ無くなります。
頑張って打ち上げしたいです。
by YUTAじい (2015-06-03 07:42) 

sig

YUTAじいさん、こんにちは。
帆船を実際に製作する工程をそのままなぞれるなんて、すごいことですね。急がずに、着実に・・・人生航路そのままですね。
by sig (2015-06-03 12:53) 

green_blue_sky

ライト兄弟が飛行したときの映像は貴重。
記録でもあり芸術(^▽^;)
by green_blue_sky (2015-06-03 20:08) 

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