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048 100年以上前の、びっくりパノラマ。 [1900年、パリ万国博]

048 100年以上前の、びっくりパノラマ。


1900年、パリ万国博覧会-3
陸上、海上の壮大なトラベル・シミュレーション

1886サイクロラマの制作 NY.JPG
●巨大パノラマの製作  1886
 戦闘シーンを描く画家たち  人物の大きさでスクリーンの巨大さが伺える

 前回からの続きです。


これまではパリ万国博における映像関連の出し物を展望してきましたが、映像を使わずに人気を集めているパビリオンがありました。それは大パノラマです。絵や写真の書割で立体感を表現するパノラマは、映画の話とは関係がないかに見えますが、実はそうではないのです。


●広大な立体表現と動きが生む、大迫力の臨場感


パノラマは、陸海空とも交通機関が未発達で、まだ世界を自由に往来することができなかった18世紀末に登場しました。内側に歪曲した見上げるような巨大な壁面。そこに透視図法によって立体的に描かれたのは、当時の人たちが行ってみたことのない異郷の風景です。
 雪に覆われたアルプスの山並み、猛獣たちが群れを成すアフリカの大草原、夕陽に染まった崇高な回教寺院など、観客はまさに自分がその世界にいるような臨場感を味わうことができたために、大変人気があった見世物でした。


遠い景色は壁面に描かれ、中景、近景と風景を何層にも書き分けて立体感を出す手法はすぐに考えられました。これらは演劇における舞台装置の作り方と無縁ではありません。また、平面の背景に遠近感を生み出すトリックアート技法もふんだんに利用されました。
  そのうちに前景に本物の樹木や岩石、草や小屋などを配して立体感を強調したり、照明で朝昼夜の時間経過を演出するなど、手の込んだジオラマ技法も応用されました。

ルイ・ダゲール.JPG   LePrince.jpeg
●ルイ・ダゲール           ●ル・プランス


写真の祖ダゲール自身もジオラマを製作。また前に述べた失踪事件の当事者オーギュスタン・ル・プランスも動く写真の研究に取り掛かる前はパノラマ製作を監督していました。パノラマは映画が生まれるまでは、行ったことも無い風景の中に身を置くという疑似体験ができるスリリングな異空間だったのです。


特に1900年パリ万博では、前回紹介した映像による空の旅に対して、海の旅、陸の旅がパノラマ、ジオラマ技術を集大成した途方もない体感イベントとして展開されていたのでした。


●立体パノラマ「ステレオラマ」が見せた海の叙情


それまでの国際博でも単純なパノラマ手法は使われていましたが、「海の詩」のタイトルで公開された「ステレオラマ」は、背景や照明にアイディアを凝らし、海面を動かして波の律動感を演出するなど、情景のリアリティを強調した出し物でした。

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●「ステレオラマ・海の詩」1900  観客席側より  奥に艦隊の移動が見られる


「ステレオラマ」の舞台設定は地中海の南、アフリカ北端の海岸線です。観客の前には、汽船の窓から展望する感じで4つの窓があります。窓の向こうに照明が入ると広い海原が現れ、揺れる波のかなたにアルジェの海岸沿いの街並みが望めます。


水平線上に太陽が昇ると背景はゆっくりと横に移動し、観客は船に乗っているような気分。やがて空が次第に曇ってくるに連れて海上の波浪が激しく立ち騒ぎ、嵐がやってきます。それもつかの間、再び太陽が顔を出し、寺院の尖塔や古い街並みがまぶしく輝き出したかと思うと、手前の海上に戦艦や巡洋艦などの大艦隊が現れ、威風堂々と通り過ぎていくのです。

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●「ステレオラマ」舞台裏  波を起すクランク式の装置が見られる 艦隊は上の奥に去っていく



  さて、その舞台裏は・・・。一番奥の背景は空。ゆるい弧をもつ可動式の板面に、朝の空、曇り空、晴れて輝く空の様子が順に描かれていて、ゆっくりと移動し、時間の流れに合わせて照明が変わります。波の彼方の遠い街並みは一連の書割です。これもゆっくりと横移動して船の動きを感じさせます。

  中景から近景は、遠近感を計算して並べられた40枚の金属性の波の板が連なり、電動機に連結されたクランクによって、静かな海上、荒れる海上の動きを表現しました。
 これらの仕掛けは電動でしたが、そのコントロールはバックヤードで技師が進行に合わせて手動で調整していたことは言うまでもありません。


●陸の旅をシミュレートした「シベリア横断鉄道の旅」


もうひとつの立体パノラマは「シベリア横断鉄道の旅」です。バイカル湖の区間を除いてあと1年で完成するシベリア横断鉄道でしたが、ここではその旅の楽しさを一足早く満喫できるという触れ込みで、観客は長蛇の列を作っていました。
 それは実際に走っているような錯覚を伴うリアルな体感を味わえる壮大なシミュレーションマシンで、豪華な特別列車による夢のようなシベリア旅行をたっぷりと楽しませてくれるものでした。


100mを超える長大な会場には、実際のシベリア横断鉄道の車両が3両。貴賓室、寝室、広間、バーを備え、腕の立つシェフの料理を提供する食堂も付いた超豪華版で、観客は思い思いにそれぞれの車両に乗り込みます。席ごとに料金設定があったかもしれません。また、下の図を見ると、柵越しの立見席もあったことが分かります。この席はいちばん料金が安かったのでしょう。

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●「シベリア横断鉄道の旅」1900 右・観客席 左・何層もの背景画


車両の対面にはモスクワ・北京間を結ぶ40日間1万キロの汽車の旅で展望できるハイライトシーンが描かれた背景があり、それを車窓から展望するという趣向です。高さ7.6m、幅107mにも及ぶ巨大背景には、フランスの装飾家の手でモスクワ、オムスクの都市風景、イルクーツク、バイカル湖、万里の長城、北京の風景が描かれていて、列車の進行に応じてゆっくりと巻き取られて、次々と変化していくのです。

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●三層の背景画はエンドレスで、それぞれ回転スピードが異なる


更に、列車のスピード感を演出するために、奥の背景画は分速5m。中景の紗のスクリーンに描かれた潅木類は分速120m。一番手前、窓の下の小砂利を敷き詰めた水平ベルトは分速300mでそれぞれエンドレスで横移動するように考えられていたのでした。居ながらにして走る列車に乗った気分で、普段は味わえない海外旅行…どんなに壮観だったことでしょう。こんなパノラマ、今でも観てみたいと思いませんか。


●「マレオラマ」では船の揺れを体感


前記のシベリア横断鉄道の旅がスピード感を楽しむ趣向に対して、「マレオラマ」は船旅をテーマに、実際に船の揺れを味わえるように設計されたシミュレータでした。つまり、観客を乗せる甲板は、ローリング(横揺れ)、ピッチング(縦揺れ)機構によって波の動きを体感できるようになっていたのです。


航路はニースを発ってトルコのコンスタンチノープル(イスタンブール)まで、イタリア半島一周の大航海。観客は実物大の船の甲板に立って右舷と左舷に展開する(絵による)風景を楽しむことができました。


この2種の背景画はそれぞれ縦12m、総延長760mという桁外れの大きさ。この大作を描くために画家が1年間の特別航海を敢行してスケッチし、その情景を大勢の画家たちが8ヶ月も掛けて画き上げたもので、合計20000㎡にもおよぶものでした。

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●観客席である船のデッキと背景画の位置関係、および揺らす装置と背景画フロート


この背景画は、甲板の両端に見えないように設定された巨大な巻き取り軸に巻いてありました。その重量はまた大変なものですから、それを支えてスムースに回転させるために、巻き取り軸の下部はフロート(浮き)で浮かせてありました。


また、揺れを起す装置は羅針盤の平行維持装置を巨大化したものでした。その他にも電動ポンプ、水圧エンジンなどに当時の最新テクノロジーが投入されていたということです。揺れに弱い観客には、気分が悪くなることまでシミュレートされていたかもしれません。

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●巻き取り軸に巻かれた背景画がフロートで浮いている


●映画がパノラマのお株を奪った


前回の気球、今回の列車、汽船の窓から眺めた風景は、そこに映画の撮影機をセットしさえすれば、そのままパノラマ映画になるほどの精細なものでした。そうした撮影法がパノラミング(略してパン)と呼ばれるゆえんです。


また・風景の書割の代わりにスクリーンを設定し、その裏から汽車の窓から写した景色を上映すれば、それはもう本物の風景です。この手法は後にスクリーン・プロセスと呼ばれます。


 このように、立体パノラマが驚くべき臨場感で見せていた広大な光景は、ご存知のように20世紀には、スクリーンに巨大な情景を映し出せる映画が肩代わりするようになります。
 行ったことも無い国、見たことも無い場所への憧れを満たしてくれていた巨大パノラマは、映画の登場によりやがて廃れ、消えていく運命をたどるのです。
 


★「1900年、パリ万国博覧会」、あと1回つづきます。

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風来鶏

スクリーンに描かれた潅木類は分速120m
Blogはweb logの略ですが、このlog(航海日誌)の語源となったlog=丸太は、船のスピードを計測するのに丸太を流したからだそうで、分速120mは時速7.2km、約3.88ノットになるのかな?!
潅木類という言葉に、妙に反応してしましました^^;)
by 風来鶏 (2015-05-25 19:25) 

路渡カッパ

デジタルならどんなことも出来そうな現代、マレオラマなんかを見てみたいと思う気持ちもあります。
デジタルに頭がついて行けないからかな・・・(^_^ゞ
by 路渡カッパ (2015-05-25 23:31) 

sig

風来鳥さん、こんばんは。
「分速120m」は掲示した図解に書いてあるものですが、秒速2m。展示としては必ずしも実際の速力を体感させる必要はないでしょうから 、仕掛けの機構上からも妥当な速さではないでしょうか。
by sig (2015-05-26 00:16) 

sig

路渡カッパさん、こんばんは。
ほんとに、前回のものも今回のものも、体験してみたいですよね。ちょっと危険そうですが。笑
なお、資料には動力については書かれていないのですが、私の推測では、甲板の下の車輪やピストンから見て、蒸気機関ではないかと思います。これほどの仕掛けを動かせる電動機はまだ開発されていないと思います。
by sig (2015-05-26 00:22) 

SORI

sigさん おはようございます。
巨大パラナマ凄いです。映像作りには大変な努力が積み重ねられて、今があることが実感できました。
by SORI (2015-05-26 06:06) 

sig

SORIさん、こんにちは。
本当ですね。映画に限らず、私たちは先人が作り上げた土台の上に今があるということを知らなければいけませんね。
SORIさんの海外取材記事を見せて頂くと、数千年の時間でそれを感じます。
by sig (2015-05-26 10:06) 

OMOOMO

目がしょぼしょぼして全部読めませんでした。ステレオラマ1900
飽きませんね。
by OMOOMO (2015-05-26 22:54) 

sig

OMOOMOさん、こんばんは。文字が多くて済みません。
どれもこれも大変な仕掛けで作り上げられているんですね。これらは蓄積された舞台装置の技術に負うところが大なんですね。
by sig (2015-05-28 20:26) 

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