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074 望遠、ズームも工夫次第  「国民の創生」② [大作時代到来]

074 望遠、ズームも工夫次第
    D・W・グリフィス「国民の創生」-②

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●グリフィスの大作「国民の創生」(1915)の一場面 右はリリアン・ギッシュ


前回からの続きです。

●「国民の創生」はグリフィス念願の映画だった
 D・W・グリフィスの父はケンタッキー州で大農園を営み、南北戦争では南軍に属して戦ったことについては先に述べました
 
「国民の創生」のねらいの一つは、彼の父の時代を振り返り、アメリカ独立の意味を問うこと。もう一つは、彼自身が築いてきた映画表現技術の総仕上げをすることでした。
 それは必然的に大作となり、とりもなおさず、大作映画で世界を凌駕しているイタリア映画界にアメリカとして一矢報いることにもつながる、彼はそう読んだのではないでしょうか。

IMGP8654.JPG●DWグリフィス


●映画表現技法の基礎を確立
 
 実際に「国民の創生」(1915)はD・W・グリフィスの集大成として、誰にも認められている作品です。そこには、彼がバイオグラフ社時代に毎週10本近く製作していた短編映画で磨いた手法がはっきりと体系化され、高められていることが分かります。

 特にこの映画ではたくさんの場面が複雑な状況の元に展開します。この記事に添付した動画<リンカーン暗殺シーン>ひとつをとっても、1階部分では劇場全景、ステージで展開している演劇、観客席、1階から見た2階の貴賓室の4景があります。また2階部分では、階段からつながる廊下、廊下から貴賓室入口、というようにカットが変わります。それらが連続して時間が流れていくのです。その鮮やかな場面転換はもう、それまでの映画づくりの比ではありません。

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●劇場全景                ●1階 観客席の主人公たち   

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●1階 演劇の舞台            ●2階 廊下から貴賓室入り口

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●1階から見た2階の貴賓室 観客に挨拶するリンカーン大統領 

 「国民の創生」では、カットが変わっても、人物の<位置、動きの方向、視線>、つまり方向性が一致(マッチ)するようにそれぞれの画面を撮影することが大事であることが明確に認識されています。俳優の演技は、シーンの中で数カットに分けられても、アクションはつながって見えるように計算されて撮影され、編集されています。これはマッチ・カットと呼ばれましたが、この技法こそシーンに躍動感を与え、ドラマの流れを盛り上げる大発見でした。

 グリフィスはまたフラッシュ・バックという方法を編み出しています。これは、異なる場所や異なる時間で起きた状況を短い時間提示して、本筋の流れとの関連を示すものです。
 例えば劇場のシーンでは、舞台上の演劇が進行している時間に大統領が到着し、2階の貴賓室に入り、観客に挨拶します。その間に暗殺者ブースは2階観客席から大統領の貴賓室に忍び込み、暗殺を成功させます。これだけの複雑な動きが時間の流れに添って淀みなく編集されているのですが、その途中に暗殺者の姿が4回挿入されます。この手法がフラッシュ・バックです。


 更にグリフィスは、異なる場所での同時進行を示す並行描写法を確立。それはA・B両地点でのアクションを交互に切り返してつなぐ手法で、クロスカッティング(カットバック)と呼ばれました。この手法はかねてからグリフィスが得意としていたもので、彼の西部劇やサスペンス映画、そして「国民の創生」ではリンカーン暗殺やKKK団(クー・クラックス・クラン)による救出シーンのようなスペクタクルのクライマックスにおける編集テクニックとして生かされています。

●クロスカッティングの例
 小屋に閉じこもる一家の危機と、救いに駆けつけるKKK団が交互につながれ、
 危機感を盛り上げている。(次回、動画掲載予定)

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 これらの画面構成やカットのつなぎ方はそれまでにも無いわけではありませんが、画面効果を視覚的・心理的にイメージングし、一つ一つの画面を計算して演出したのがD・W・グリフィスだったというわけです。


●ズームレンズはおろか、望遠レンズもない時代に
 さて、ここで、おそらく他の映画史に書かれていないことに触れたいと思いますそれは擬似的な望遠効果ズーム効果です。
  望遠鏡はとっくの昔にありましたが、当時の撮影機(ムービーカメラ)には人間の視野にいちばん近いとされる標準レンズが
1本だけ。映画撮影用としては広角レンズも望遠レンズもまだ無かったのです。また、必要に応じて近寄ったり離れたりして撮ることはあっても、ズーミングなど思いも寄らないことです。ではどこがそうか。
 添付の<リンカーン暗殺>と<戦場>シーンの動画をご覧ください。

 この中で、画面の一部を遮蔽する手法が多用されています。これはフィルムの現像段階における光学的な処理ではなく、撮影時に施されたものと思われますが、平常な場面では見られず緊急の場面でのみ使われている手法です。
 つまりこの手法は観客に、画面のこの部分を注視して欲しい、という合図なのです。それは一種のクロース・アップと見ることができます。

●擬似望遠効果によるクロース・アップ
 左/実際の画面                   右/グリフィスの意図した画面  
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 シーケンス 07-2.jpgシーケンス 09.jpg シーケンス 09-2.jpg
●暗殺者を演じたのは、後に監督となるラオール・ウォルシュ

 それはまた、戦場のように遠く離れた広い場所で展開している戦闘シーンにおいて、紙を丸めて覗いたようなマスクによって表現されます。それが望遠レンズの効果でなくて何でしょうか。グリフィスは標準画面の中で望遠効果を見せようと工夫しているのです。

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●戦場のシーンにおける擬似望遠効果の例


 では、ズーム効果はどこか。
 <リンカーン暗殺>のシーンで、暗殺者ブースが2階客席(画面右上)から左隣りのリンカーンの貴賓室に移動する時に例の遮蔽が使われ、それが次第に開く、という表現です。
 最初に画面右上だけを見せているのは疑似的な望遠効果と見ることができます。
その遮蔽(マスク)が次第に開けて場内全体の様子へと移行させるテクニックは、いわば望遠から広角へと継続的に移行させる意味を持ちます。これをズーミングと言わずになんと言えばいいでしょう。
  何度もよく観ないと分からないほど効果は薄いのですが、擬似的であっても私はこれを今日的な意味でのズーム効果の表現であると見ています。



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リンカン暗殺のズーム効果 2.jpg
●擬似ズーミングの例
 
画面の黒マスクがゆっくり開いて観客席全体が現れる。
 これはまさしく、アップからワイドへのズーム・アウト効果ではないか。

★動画で確かめてみましょう。



 現在のカメラではズームレンズ付きが当たり前ですが、被写体を次第に引き寄せたり遠ざけたりするズーミング効果は、もともと固定焦点レンズ付きのカメラを直進・後退させる移動撮影が原点なのですが、単なる移動撮影でも、前年「カビリア」(1914)でジョバンニ・パストローネがゆるい曲線を描く斜行移動を、「国民の創生」ではグリフィスが平行移動を初めて使って見せたのでした。 

  望遠効果とズーム効果の撮影技法は、もしかしたらグリフィスの考案ではなく、カメラマンのビリー・ビッツァーの発案かもしれません。としてもグリフィスが、望遠鏡で見た感じで撮って欲しい、暗殺者ブースがリンカーンの座る隣室への移動を目立たせてほしい、と指示したものではないでしょうか。


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●暗殺者(赤丸)が左のリンカーンの部屋に向かう時、望遠鏡で覘いたような丸いマスクが使われている。

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●戦場の全景 南軍と北軍の位置関係を明示

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●主役 バスト・ショット              ●戦場の擬似望遠効果

戦場04.jpg●正面上から後退しながらの見事な移動撮影

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●戦場での安否を気遣う家族のインサート・カット

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●壮絶な肉弾戦の中で北軍の将兵に水を与える南軍の大佐。
 戦端はしばし止み、北軍の将は南軍大佐の行いを称えるが、戦闘再開。


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●南軍大佐は戦争の無意味さを訴えて、銃口に軍旗を差し込んで倒れる。マスクによる望遠効果

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●北軍の将、射撃停止を指令。騎士道精神、未だ廃れず。



●現在の機材で、グリフィスに撮らせたい

 このように現在の目で「国民の創生」を観ると、ねらいが十分に生きていない撮り方やつなぎ方、冗漫な描写などもあります。が、それは撮影機材自体が未熟であること。またサイレント映画であるために観客が画面の状況を理解するのに時間がかかることを考慮すべきです。今日私たちが目にするアクション映画のように素早いズームや1秒単位のカットつなぎでは、当時の観客は理解できずに目を回してしまうでしょう。

 それはともかく、時のウィルソン大統領が「まるで電光で描かれた歴史を見るようだ」と絶賛したと伝えられる「国民の創生」には、映画撮影と編集技法の原点を伺い知ることができます。グリフィスが現在の機材で映画を撮ったら、どんな作品を見せてくれるだろうかと思うのです。 
                          つづく

★次回も「国民の創生」について話を続けます。

添付の動画は本来は無声映画です。
 音楽や効果音は、当時の公開状況を想定して後世に付けられたものです。

★当時の映画はモノクロですが、作品によってはフィルム染色法で情景を染め分ける方法がとられていました。



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