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008 「恐怖の館」へ ようこそ! [影を動かす試み]

008 亡霊が信じられていた時代の「恐怖の館」
それは「投影」から始まった-2
ファンタスマゴリーとファンタスマゴリア

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●フランス革命を描いた絵画  ベルサイユ宮美術館蔵

   
前回の「カメラ・オブスキュラ」は外の景色を内側に投影して絵を描く装置でしたが、17世紀に入ると逆転の発想で、描いた絵を外に投影しようと考えた人が出てきました。それが前回の終わりに登場したドイツのアタナシウス・キルヒャーでした。

  
彼が1671年に発表した「マジック・ランタン」はいわば改良型というべきものでした。灯油ランプを光源として、ガラス板に描かれた絵をレンズを通して壁に映し出す仕組みは変わりませんでしたが、油の純度、ガラスの平面性、透明度、丈夫さなどの精度が向上していた上、それまで単コマだったものからガラス絵を8枚連ねて横にスライドさせる方式が考案されていました。つまり、物語性のある幻灯が誕生したのでした。

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●1671年の新型マジックランタンと発明者アタナシウス・キルヒャー

●恐怖の世界へようこそ
  
この、物語を語れる「マジックランタン」にヒントを得て、この投影装置の特長を最大限に発揮させたら、みんなをアッと言わせるほどすごいことができるぞ! そう読んで、「マジック・ランタン」を自分の事業に採り入れた人がおりました。実験家で芸人でもあり自ら興行師としても活動していたロバートソン(本名エチエンヌ・ガスパール・ロベール)というベルギー人です。

  彼の構想はなんと、何台もの「マジックランタン」を使って、いろいろな物にいろいろな角度から投影する、という破天荒で奇想天外なものでした。なんと柔軟な発想でしょう。
 当然スケールも大きくなり、操作は一人では無理で、複数の要員が必要だったでしょう。これは一つのイリュージョン・システムと呼べるものであり、
彼はこれを「ファンタスコープ」と呼んでいたようです。

  ロバートソンは、この「ファンタスコープ」を使い、光と影を巧みに利用した招霊術や怪奇な物語を作って「ファンタスマゴリー」…つまり「魔術幻灯」と銘打った見世物を始めたところ、これが千客万来の大当たり。
  自国での人気に自信を得た彼は、更なる成功を目指して構想を練り、胸に一物・手に荷物。満を持してその装置一式を携えて、勇躍パリにやってきます。時は1797年。
  パリの巷は、それより
8年前、1789年7月に起こったバスチーユ牢獄の占拠を端緒とするあの血塗られたフランス革命はいまだ終結を見ず、ナポレオンの登場によってようやく納まりかけている頃でした。

バスティーユ.jpg●左奥がバスチーユ牢獄

  
さて、フランス革命といえばルイ16世。ルイ16世といえばマリー・アントワネット。その二人が国外逃亡を図って捕らえられ、恐怖政治の象徴ともいうべき断頭台(ギロチン)の露と消えたのは1793年ですから、それからまだ4年しか経っていないというパリ。その地元でロバートソンは、フランス革命をテーマにした見世物を展開しようというのです。
  十分に計算され周到に演出されたロバートソンの「ファンタスマゴリー」は、凄惨な記憶もまだ覚めやらないパリ市民を、再び恐怖のどん底に陥れることになるのです。

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●ルイ16世                ●王妃 マリー・アントワネット


●光と影、視覚と聴覚を揺るがす壮大なイリュージョン
  
ロバートソンの「ファンタスマゴリー」は、光と影の演出が巧みであったばかりでなく、現在のアトラクティブなイベントに欠かせない入場者を喜ばせるサービス精神、・・・彼の場合は恐怖に震え上がらせるための環境設定ですが、それが実に巧妙に織り込まれていたのでした。

  彼が目をつけた会場はうらさびれた修道院の聖堂でした。そこを借り切って行われた興行は多分夜だったはず。そこで彼が観客に見せたもの、それはフランス革命の立役者たちの悲劇と人間の命のはかなさでした。

  
フランス革命の経緯をパリ市民に改めて説く必要はありません。ロバートソンはストーリーを追って見せるのではなく、視覚とおそらく聴覚にも訴えかける一大スペクタクルショーに仕立て上げて展開して見せたのでした。

P1100337-3.JPG●どこかで見たような時代がかった墓地

●今はなじみのお化け屋敷も、当時の観客は大パニック
  
まず観客は、古い墓石をぬって続く細道を通って聖堂に導かれます。道はいつの間にか洞穴を通り、到着した大部屋にはランプの明かりに照らされたたくさんのどくろが・・・。

 
  不穏なドラムが鳴り響き、煙の柱が何本も吹き上がったかと思うと、赤い光が煙を染めて炎上のシーンです。観客はそれがまだ記憶に新しい革命の様子であることを思い起こします。突如ランプの明かりが消えて、あたりは真っ暗闇。ハッと思う間もなくいきなり正面の暗闇に浮き上がったのは、なんと、すでにこの世を去ったはずの皇帝ルイ
16世ではありませんか。続いて隣りに現れたのは、これも今は亡きマリー・アントワネットの姿。「おおっ」と思う間もなく、突如砲弾の炸裂音。すると観客席の両サイドに次々と浮かび上がったのは革命の指導者ダントン、マラー。対するはロベスピエール、そしてマラーを暗殺した女性コルデー。革命の立役者たちですが、共通していることは、最後はすべてギロチンにより非業の死を迎えたこと。

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●ロバートソンのファンタスマゴリー 1831年の「回想録」より

ロベスピエール.JPG処刑台に送られるダントンb.JPG
●ロベスピエール           ●ダントン

IMGP6848.JPG処刑執行人を処刑するロベスピエールP1100535.JPG
●左/マラーを暗殺したコルデー
 右/ギロチン(断頭台)で処刑執行人を処刑するロベスピエール

  重々しい
音楽の高まりと共に、1基、2基……観客の眼前に次々と大きくせり上がって来たのは陰惨な処刑の光景を思い起こさせるギロチンの影です。そのギロチンが落ちる大音響と共に目の前の人物が次々と消えたかと思うと、場内は再び真っ暗闇。と思ったら場内のあちこちでもくもくと立ち上る煙。観客が目を凝らすと、そこに現れたのは亡霊たちです。その中には共に亡霊となって空中をさ迷う6人の姿も。そして驚いたことに、その亡霊たちはあたかも霊界をさ迷うかのように、右に左に揺れているではありませんか。恐れおののきながら怖いもの見たさに目を凝らす観衆。その頭上に、なんと今度は亡霊たちが次々と覆いかぶさってきたのです。(講釈師、見てきたような嘘をつき)

 
 聖堂で演じられている上の絵は、のちの1831年にロバートソンが著した「回想録」に載っているものですが、観客の中には、恐怖の叫びを上げるもの、剣を抜いて果敢に亡霊に挑もうとするもの、悪魔を畏れてひざまずくものなど、「ファンタスマゴリー」の迫力に驚愕するパリ市民の姿が実に臨場感豊かに描かれております。多少の誇張はあるかもしれませんが、「ファンタスマゴリー」が娯楽の域を超えていたことは確かのようです。

IMGP6801d.JPG●観客驚愕の図
ファンタスマゴリー.JPG
●「金持ちも、どんなに偉い人間も、すべからく最後はこうなるのだ!」 おお、こわ!

  
そして最後に、ロバートソンが伝えたかったこのショーのテーマが、正面のステージに映し出されます。「私たちを待ち受けている逃れられない運命」、すなわち人間のなれの果ての姿……それを象徴するのは骸骨です。敵も味方も、大成した人物も、豪奢を極めた人物も、最後はすべからく骸骨と化して冥界をさ迷い続けるのである、という宗教観。ロバートソンはそれを、当時のニューメディアであった「マジック・ランタン」を駆使して、極めて具体的に説いて見せたのでした。

●ファンタスマゴリーは初期視覚トリックの集大成
  
「ファンタスマゴリー」はもうお見通しのように、紗のスクリーンや煙を場内のあちこちに設定して、複数の幻灯機を使って映写していました。ですから、順に登場させたり、いっせいに出現させたり、「ここと思えば、またあちら」というような演出もあったと思います。またスクリーンの後ろから映写したので、観客には「ファンタスコープ」(幻灯機)の存在が分かりませんでした。

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図  1.jpgファンタスマゴリー2.JPG
●上2枚/重ね合わせた紗を蝋に浸して透明度を得たものに投影
       普段は暗幕で隠しておき、投影時に暗幕を引く
       ガラススライドは亡霊の絵以外は黒く塗りつぶしてあるので、空中に浮かんで見える
 下/リア・スクリーン方式による投影 観客には目前に亡霊が現れたように見える


 そして特筆すべきは、幻灯機を車の付いた移動台に乗せて前進・後退させたことです。前進すればスクリーンの画像は次第に小さくなり、後退すれば次第に大きくなります。映画で言うズーミングの効果が早くも考えられていることです。

 
「ファンタスマゴリー」は、入場前の期待感を高揚させる演出も含めて、200年以上も前に、スモーク・スクリーン、マルチイメージ・プロジェクション、リア・スクリーン方式といった光と影を操る新技術を編み出したばかりでなく、現在の映画やテーマパークのアトラクションにも大きな啓示を与えるほどのアイディア溢れるステージを演出して見せたのでした。

 なお、革命の喚声やギロチンの落ちる音、音楽などについては、これほどの視覚効果を演出したロバートソンのことですから無音であったはずはありません。おそらくステージの背後に演者を配置していたのではないかという、これは私の推測です。
 また、今日の「映画」では実際にあった歴史上の事件を題材にした作品が数多くつくられていますが、ロバートソンの「ファンタスマゴリー」によるフランス革命の出し物はその嚆矢と見ることができるのではないでしょうか。



ファンタスマゴリーとファンタスマゴリア
  
「ファンタスマゴリー」はパリで6年間も人気を博していたそうですが、ご多分に漏れず、その間に亜流が発生してきました。中には「元祖ファンタスマゴリー」を名乗るふらちな輩まで現れる始末でした。
  
するとロバートソンに傾倒し、賛辞を送るマジシャンがロンドンに現れました。彼の名はポール・ド・フィリップスタール。彼は自分のショーをロバートソンに敬意を払って「ファンタスマゴリア」と呼びました。「ファンタスマゴリア」は彼によって、1800年代に入ったばかりのアメリカの主要都市で次々と上演され、大好評を博したのでした。


 
「投影」について、今回は「動かない絵をそのまま投影」していた事例をお話しました。この技法はやがて、動かない絵を動いているように見せかけて投影する技術に発展していきます。
次回はそのあたりを。



 













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コメント 20

koh925

恐怖の館、気宇壮大な実験ですね
さぞ観客は肝をつぶしたことでしょう、興味深く拝見しました
by koh925 (2015-02-19 17:09) 

green_blue_sky

今でもお化け屋敷で腰を抜かします、昔だと、怖かったでしょうね。
by green_blue_sky (2015-02-19 18:50) 

風来鶏

子供の頃、白熱灯と鏡・(ボール紙で筒を作って入れた)虫眼鏡を利用して「現物投影機」を作って遊んだりしていました^^
by 風来鶏 (2015-02-19 20:56) 

路渡カッパ

こんばんは。
パリでで行われたファンタスマゴリーのくだりは、読み進めるにつれのめり込んでしまいましたよ。(^_^ゞ
それにしても単純な投影だけでも、色んな発見・工夫を繰り返しながら興業へと発展したのですね。
現在のプロジェクションマッピングもこの延長線上にあるものですね♪
by 路渡カッパ (2015-02-19 22:16) 

sig

みなさん、こんばんは。ご来訪ありがとうございます。
by sig (2015-02-20 01:37) 

sig

koh925さん、こんばんは。
一つの画面ではなく、複数個所で何台もの幻灯機を使って演じるということは画期的なことだったと思います。まさに思考の転換が行われているんですね。
by sig (2015-02-20 01:40) 

sig

green_blue_skyさん、こんばんは。
こんな大仕掛けのものを見せられたら、当時の人たちは本当に恐れおののいたことでしょうね。

by sig (2015-02-20 01:43) 

sig

風来鳥さん、こんばんは。
やはりレンズで遊びましたか。手書きのフィルムでなくて現物を投射したというところが、風来鳥さんの面目躍如たるものがありますね。
by sig (2015-02-20 01:45) 

sig

路渡カッパさん、こんぱんは。
絵そのものを動かす技術が生まれる前に、動かない絵を使ってあたかも動きがあるように見せかけていた訳ですね。相手は科学的な知識の皆無な大衆ですからうまく行ったというところもあるでしょうが、こんなテクニックを考えたというところが、絵を動かす次の段階につながっていったようです。灯油ランプを光源とした幻灯機を使ったもので、かなり暗かったと思いますが、その暗さがまた効果的に働いたと言えるかもしれませんね。現代の大型映像やそのひとつであるプロジェクションマッピングも、この「投影」という技術の延長線上にあることは確かですね。
by sig (2015-02-20 01:57) 

駅員3

臨場感あふれる素晴らしい説明ですね。
絵や写真と文章だけで、その場に居合わせているような気持ちになりました。

by 駅員3 (2015-02-20 07:45) 

YUTAじい

おはようございます。
お化け屋敷の先達ですね・・・何時もありがとうございます。
ネジ物「カウンタック」は4月頃完成予定です。
by YUTAじい (2015-02-20 08:26) 

sig

駅員3さん、こんにちは。
ありがとうございます。このブログは映画の技術を語るので、できるだけ堅苦しくならないように心掛けております。誰も見たことが無いシーンなので、勝手に想像して書いていますが、もちろん資料から逸脱はしていないつもりです。

by sig (2015-02-20 16:20) 

sig

YUTAじいさん、こんにちは。
当時は本当にお化けが信じられていたようですから、とても真に迫っていたでしょうね。カウンタックの完成が待ち遠しいです。

by sig (2015-02-20 16:23) 

yakko

こんばんは。
スゴく怖そうですね〜 怖いのは苦手です(-。-;)
by yakko (2015-02-20 21:01) 

hatumi30331

すごい!
怖いねえ〜^^;
by hatumi30331 (2015-02-20 22:09) 

sig

yakkoさん、こんにちは。
怖いもの見たさ、という言葉がありますが、客を呼ぶにはこういう出し物が効果的なんでしょうね。
by sig (2015-02-28 14:33) 

sig

hatsumi30331さん、こんにちは。
当時の処刑は、ギロチンとか火あぶりとか残虐なものが多いですよね。それも因果応報として、見せしめのために公開するのですから。
集まる人たちもきっと好きで観に行くのではなく、行かないと官憲からマークされて逮捕、というようなこともあったのではないでしょうか。

by sig (2015-02-28 14:38) 

すーさん

すがめが大学時代にこの記事の内容を
17-18世紀の庭園の研究をしていたときに
関連項目として習ったらしくて、
「懐かしいー!」と言っていました^^。
すべての学問はひとつに通じるって言いますけど
こんなところでリンクするとはびっくりでした♪。
by すーさん (2015-03-03 21:32) 

sig

すーさん、こんにちは。返事が遅れてすみません。
すがめさんに喜んでいただいてうれしいです。
歴史って、元を辿れば行き着くところは同じなんでしょうね。特にフランス革命はあらゆる分野に影響を及ぼしたでしょうからね。コメントありがとうございました。
by sig (2015-05-04 10:08) 

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